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2017年 02月 12日
第63回 桐生市堀マラソン大会 【10km】
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第63回 桐生市堀マラソン大会 ハーフの部スタート!

 今年もやってきました!オレのホームの大会、桐生市堀マラソン大会。今年は東京マラソン2017に当選してるんで、調整がてら(笑:言ってみたかったぜ)10kmに挑戦。今年はアルディさんも来ないし、ケガしないようにテキトーに走ればいいやと思っていたのだが、医局長から職場関係の高校時代陸上部だったという前橋市のMさん(20代女子)が10kmに初挑戦することなので、ゲストランナーとしていろいろ面倒見るようにとの半職務命令が(笑)オレもぜひとも元陸上部の胸を借りましょう。(注:決してセクハラではありません)

 前日、ザスパのプレシーズンマッチを大宮に見に行ってきて、帰ってからちょっと走るかと思いきや、9時過ぎにはiPhoneの画面にウェザーニュースから「群馬県でも夜中に積雪のおそれ」と表示され、その後暴風吹き荒れ(´Д`) 走るのを諦め、とっとと寝てしまった。堀マラソン、またも雪で中止か?

b0004675_1828940.jpg 6:30起床、外を見ると雪がうっすら積もってるじゃねーきゃ!うーん道も少し凍ってるけど、まぁ晴れてきたし、開始までには溶けるかな。今日は両毛線で桐生駅へ。Mさんと桐生駅で落ち合って会場の新川公園へ。


b0004675_1828762.jpg 医局長らと合流。まずは参加賞のTシャツ(うーん・・・年々デザインが劣化しているように思うのはオレだけ?)と今年はキノピーの(公式発表では)ランドリーネットをもらったぞ。いつものごとく首にはザスパタオルマフラー、そして今年の参加賞のTシャツ(今年はエンジ色)を着る。10kmのスタートを待つが、雪は溶けたものの、風が強くて冷たくて寒いのなんの。
 ハーフの出走を見送り、Mさんと一緒にスタートラインへ。今日は一緒に走りましょう!と言ったら「マラソンで一緒に走りましょう!という人って、一番信用できないですよね(きっぱり)」と切り捨てられる(笑)


 9:10スタート。あいかわらず本町通まではちんたらしか走れない(´Д`)本町通りに入って人がばらけたので、Mさんにじゃあ遠慮なく!と宣言して、ピッチを上げつつ北上。今日はなんだか調子がいいな。でも去年みたいにペース上げて足が痛くなるのは困るので少し抑えめで。

b0004675_781644.jpg 折り返し点通過。Mさんの姿は確認できない。(Mさんはオレの姿は気づいてたとのこと)ペースアップ。今日は足が痛くならない。調子いいぞ。体も軽い。群大工学部の前でタイムをチェックすると、これならがんばれば自己ベスト出せるんじゃないか?

 いつもは本町通りに入ってから画像撮ったりしてるんだけど、今日は自己ベストの欲が出て、ひたすら自分なりのガチ走り!最後までペースを落とすことなく、ゴール! なんと7年前(2010年)に出した記録を53秒!も縮める自己ベスト更新!
 今日は最初意気込んでなかったので、前半抑え気味に突っ込まずに行けたのが勝因でしょうか。この歳になっても自己ベストが出せたのは素直にうれしいです。Mさんも無事ゴール。今回、彼女に勝つには勝てましたが、Mさん、初参加で流して走ったのか、走り終わっても飄々としてました。彼女にガチでやられたらきっと負けちゃうでしょうな。

 医局長よりMさんをどこか桐生らしいお店に案内するように言われてたので、本町1丁目の藤屋本店をチョイス。オレは「ソースかつ丼セット(ひも川)」、Mさんは「カレーせいろひも川」で打ち上げ。彼女の桐生みやげには「花ぱん」を。来年もぜひ堀マラソンにお越し下さい。

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藤屋本店「ソースかつ丼セット(ひも川)」
カツ2枚、大きいです! ひもかわはちょっと広め
店内禁煙なのもすばらしい!(桐生のうどん屋さんって禁煙の店少ないよね)


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篠原涼子のファイルケースももらった
水とTシャツだけだった堀マラソンもずいぶん豪儀になったものよ(笑)
あ、花ぱんココア味は自宅用のおみやげね


 スタッフの皆様ありがとうございました&お疲れさまでした。
 来年も10kmで自己ベスト狙いたいな。
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by dr_suzuki | 2017-02-12 18:52 | 東毛(+両毛)漫遊 | Trackback | Comments(2)
2017年 02月 06日
八王子神社 (桐生市広沢町4丁目)
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八王子神社 (桐生市広沢町4丁目姥沢)

 久々の八王子丘陵探訪シリーズ。

 数年前、図書館で「桐生市史 別巻」を読んでると、第一編 神社にⅧ追記の章があり、その筆頭に八王子神社の記述を発見したんさね。あぁ山頂にあった神社が麓に祀られてるんきゃと思い読み進めっと・・・祭神が八王子神じゃなくって「維喬親王」!え!?どうして惟喬親王なん?峰をはさんだ広沢にも西長岡と同じ惟喬親王伝説があるんきゃ?(西長岡では「」喬親王だけんど、「桐生市史 別巻」では「」喬親王となってる。誤植なんか編者の誤記に由来するんか、はたまた広沢ではそもそも「維」ってことなんか・・・このブログでは「惟」喬親王に統一しとくね)

 その「桐生市史 別巻」314ページより、その項をがんばって打ち込んでみんべぇか。
 本来の八王子神社は、もと中広沢の周藤氏の氏神として祀られていたものと伝えられている。江戸時代は姥沢の行くの八王子山頂に祀られ、祭神は、もともとはスサノオノ命の五男三女、一般にいう八王子神で、これは比叡山の山王七社の一つとして古くから知られている。修験道の神として崇敬され、八王子山には文化年中既に籠堂が建ち、多数の修験行者が、千日行などを行っていたことが、山頂の石碑によって明らかである。またその頃から現社殿の所在地にも小石祠があったらしいともいう。
 祭神として維喬親王を祀るようになったことについては、次のような伝説が行われている。もと維喬親王の祠は新田郡西長岡の地にあったという。西長岡には維喬親王の皇子長岡宮が幽居し、父宮を祀ったものがこの社であったというのである。長岡の地名もこの伝説に由来しているとも伝えている。その後年を経てこの社が荒廃しているのを、中広沢の周藤氏の祖先が広沢の地に移し今の八王子社に合せ祀ったものという。このような由緒から、八王子者の主祭神が維喬親王となったものという。現社殿は戦後広沢小学校の御真影奉安殿を移譲されたものである。
 注)祀は、書中では 「しめすへん」に「己」となっている

 八王子丘陵のちょうど反対側の太田・西長岡には 惟喬親王伝説が伝えられ、山や川の地名の由来になってたり、惟喬親王宮が祀られてたりしてるんだけんど、昔は八王子峠(姥沢峠)越えや籾山峠でつながっていた広沢側にもちゃんと祀られてるんだねぇ。西長岡の「その後年を経てこの社が荒廃しているのを」っていうのがなんともトホホな気分だけんど。

 じゃあ一度は中広沢の八王子神社に一度は行ってみねぇとなぁ・・・と思ってたんだけんど、土地勘もなかったんでそのまま月日も流れ、はや数年・・・ingressで八王子神社がポータル(拠点)になってるみてぇんで、ingressも兼ねて行ってみることにしたんさ。

b0004675_14115154.jpg 50号バイパスができる前の広沢街道から折れて、山麓の神社へ。その道・・・舗装路だけんど、すごく狭ぇ・・対向車来たらすれ違いもできねーじゃねーきゃ!今日は幸運にも対向車は来なかった。まっさか神社の辺りも狭ぇんきゃ?と思ったら予想外に神社周辺は広くって車もそこそこ駐められたで。その脇には姥沢が流れてらぃね。



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社殿・・・元の御真影奉安殿だそうだぃね。
 今でも峰の向こう側の西長岡とは親王つながりで交流あるんだんべか?

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境内末社。別巻によると姫ノ宮、星ノ宮、弁財天の小石祠があると。
一番左は道祖神だったけんど。
境内には由緒記はなかったぃね。

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神社前より八王子山方面を望む。前の道には「この先行き止まり」の表示


 ingressで敵陣営の手に堕ちていたポータルを無事奪還し自陣営に組み込む。そうこうしてるうちに雨が降ってきたんで、退散。

 今度はこっから姥沢を伝い、八王子山や西長岡まで辿ってみんべぇか。

 【参考文献】
 桐生市史別巻 p313-316 桐生市史別巻編集委員会編 桐生市 1971
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by dr_suzuki | 2017-02-06 09:19 | Trackback | Comments(2)
2016年 04月 24日
ひな牡丹園 (みどり市笠懸町久宮) 【ボタン】
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ひな牡丹園 (みどり市笠懸町久宮)
江戸時代中期から11代続く
橋場家の敷地の約3000平方メートルに
500株のボタンが植えられてる

 「花と緑のぐんまづくり 2016 in みどり ふるさとキラキラフェスティバル」のイベント処となってる、みどり市笠懸町久宮(くぐう)の「ひな牡丹園」に行ってきたで。

 広大な橋場さんチの庭園に植えられた様々な綺麗なボタンが今が盛りさね。そして築350年とも伝えられる旧母屋も見学できらぃ。この辺は養蚕が産業の軸だったんが良くわからぃな。2階には先祖伝来の掛け軸も展示されてらぃね。日露戦争の軍人がいっぺぇ描かれてる掛け軸はまぁず貴重じゃねぇきゃ。

 はぁこりゃ個人の道楽の域をおーか越えてるレベルさね。しかもこれがなんと入場見学無料とゆう豪儀!いやぁすんげぇね!
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Pics taken by iPhone5S / Canon EOS M


【参考文献】 桐生タイムス 第189651号 2016年4月21日

群馬県 - 花と緑のぐんまづくり (公式:2016年4月24日アクセス)




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by dr_suzuki | 2016-04-24 23:35 | 東毛(+両毛)漫遊 | Trackback | Comments(0)
2016年 02月 14日
第62回 桐生市堀マラソン大会 【10km】
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雨上がり、そして季節外れの暖かさ
第62回 桐生市堀マラソン大会 本町2丁目にて

 今、世間を賑わしている「シャブば◯あ」の出身地という桐生市でのホーム戦、桐生市堀マラソンに今年も参戦。ハーフか10kmかどうしようかと思っていたが、昨年は10kmに出たものの、ライバルのアルディさんに1分ほど負けてしまった。再び10kmでバトルを!とお願いし、アルディさんともども今年も10kmでの参戦となった。10kmなら、まず走れるので気楽だしね。

 堀マラソンの2日前、アルディさんからメッセージが届く。「対戦に勝つべく50分切りを目指して追い込んだ練習をしていたら、肉離れ(ハムストリング損傷)をしてしまったので堀マラソンは欠場します」だって。走る前から今年は不戦勝(笑)になってしまったが、ならばここはオレも50分を切って、アルディさんに完全勝利を見せつけたい。今回の目標は自己ベスト、50分切りに設定!

b0004675_2273149.jpg 2月14日、朝起きたら曇天。予報では春の嵐で雨のち晴れ。気温は季節外れの20度を超えるという。例年寒くて凍える堀マラソンなのに。ウェアをどうしたら良いか迷うね。(結局冬用モードにしてしまった)7時過ぎに家を出る時には雨が降っていた(´Д`) 雨の中で走るのは嫌だなぁ。

 西桐生駅からingressをしながら会場の新川公園へ。いつしか雨は止んだ。この分では雨の中のランは避けられそうだ。予報通りだんだん気温も上がってきているようだ。


b0004675_6583566.jpg ラン仲間と再会。9時10分、10kmの部スタート。本町通りに出るまでは人数が多くてダラダラ走りだが、本町通りに出てバラけてからペースアップ。今日は体が軽い。調子いいぞ。これなら自己ベスト、50分切りも狙えるかも。スピードアップして北上。気温が上がってきて、冬モードにしてしまった服装を後悔した。

 群大工学部を過ぎた辺りから、ん?左脛に・・・違和感。そして左脛がだんだん痛くなってきたぞ(´Д`) 前半飛ばし過ぎたか?4km辺りで痛みがどうにも激しくなってきて、ついに心が折れて歩いてしまった。脛がこんなに痛くなるの初めてだ。1回歩いてしまうともうダメで、折り返しから6km辺りまで、結局4回も歩いてしまった。残りはあと4kmだからなんとか走り切れるとは思うが、このままでは散々な結果になりそうだ。

 だましだまし走っていたら、残り2kmぐらいで、脳内で麻痺したのか、痛みがだんだん引けてきた。中盤は全く走れてなかったので、まだまだ余力は十分。ここからこれ幸いにとスピードアップ。ラストスパートかけてゴール。記録は54分37秒。病み上がりだった去年より遅いヘタレた記録(´Д`) 中盤のヘタレ具合で、これは55分も切れないだろうと覚悟してたけどね。もうご老体には50分切りなんて無理なんですな。今後は身の丈にあった目標にしますわ。

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Nike+から転載 中盤が左脛痛でグダグダですな
最後はいつになくペースアップしてゴールできてる

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いつもの水と完走証
今年の記念Tシャツのデザインは期待はずれですな(´Д`)


 関係者、運営の方々、ごくろうさまでした。また来年もよろしくお願いします。アルディさん、ご快癒お祈りしております。来年こそ再戦しましょう!


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by dr_suzuki | 2016-02-14 22:09 | 東毛(+両毛)漫遊 | Trackback | Comments(0)
2016年 01月 20日
雪の岩宿駅 ~ 115系、東へ
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雪の岩宿駅 ~ 115系、東へ。

7時頃から突然降り始めた雪。あっという間に路面は真っ白。
雪にはおーか弱ぇ両毛線も、この時間は若干の遅れのみ。

今日はなんだか雪国みてぇだ。

Photo by iPhone5S with InstaMag


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1月30日 再び雪に
115系、2分遅れで桐生駅へ出発
Photo by iPhone5S with InstaMag

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by dr_suzuki | 2016-01-20 12:56 | 東毛(+両毛)漫遊 | Trackback | Comments(4)
2015年 11月 30日
浅原の百観音 (みどり市大間々町浅原)
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浅原の百観音(みどり市指定史跡)

 小春日和の29日、石仏巡りをしてる身としては、一度は行ってみっかと思ってた、みどり市大間々町浅原(あさばら)の「浅原の百観音」へ行ってみたで。(ちなみにショーコーの「あさはら」ではなく、原は濁って「あさら」さね。そして平坦に発音(not語頭アクセント) この辺の地名や苗字って、みんな「原」は「バラ」、そして平坦発音がキモだぃね。(「おおばら(大原)」「きりばら(桐原)」、「くわばら(桑原)」「くりばら(栗原)」など))
 
 大間々市街から小平方面へ。渡良瀬川を渡り、県道334号を東へ。途中分岐して、浅原の奥の右手の路傍に、百体もの石仏が並んだ壮観な光景。すげーな、こりゃ。

 みどり市ホームページより引用すっと 
 浅原の百観音は、天保10年(1839)から天保12年(1841)の3年間にかけて造立されたものである。西国33札所を天保10年、坂東33札所を天保11年、秩父34札所を天保12年に造立している。造立者は願主星野新治郎を中心に、108人の百観音建立寄進者などである。この百観音を彫ったのは、常陸国真壁郡女方村の外山直吉満親である。彼が浅原村に在住して百観音の制作に取り組んだのである。しかし、彼にしても初めから百観音の像を熟知して制作にとりかかったものでないことが像容の形態変化からうかがえ、試行錯誤しながら百観音を完成させていったと考えられる。
  札所の本尊(御姿)は聖観音・千手観音・十一面観音・如意輪観音・馬頭観音・准胝観音・延命観音・不空羂索観音の8種であるが、浅原の百観音の像容では、延命観音・不空羂索観音の像はみられない。これらの観音は石仏としての類例が少なく石工も彫った経験がなかったのかもしれない。一方、西国札所や坂東札所の聖観音と十一面観音の像容は同じ聖観音像の形式で彫られているが、秩父札所の像容は本尊とすべて合致しており西国・坂東札所の像容にみられた異刻はみられない。石工が3年の間に石仏を調査・研究した形跡とみることができよう。
(参考文献 『大間々町誌通史編上巻・別巻七石造物編』等)
 2百年ほど前浅原村に住みこんだ石工の外山氏も3年でこんだけ彫るたぁ、さぞやすげぇ労力だったんべなぁ。見守る信仰厚い村民もどんなキモチだったんだんべか。

 それにしてもこうゆうのを見っと、ヒトの想いとか情念とかを後世に遺す最高の手段は、「石に刻む」ことなんだなぁと痛感すらぃね。

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百観音の壮観な光景

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現地説明板

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なんだかYMOの「増殖」を想い出す

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朱に塗られたものなど様々

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馬頭観音


【参考】
 浅原の百観音 (みどり市ホームページ):2015年11月30日アクセス
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by dr_suzuki | 2015-11-30 13:54 | 東毛(+両毛)漫遊 | Trackback | Comments(2)
2015年 11月 22日
万来 (桐生市堤町)
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味噌チャーシューラーメン

b0004675_11172732.jpg 八王子丘陵トレイルで、すっかり疲弊しちゃったんで、エネルギー補給でもすっかと、晩飯はチャーシュー麺がうんまい桐生市堤町の「万来」へ行ってみたんさね。ここは辛ぇ雷ラーメンも有名だけんど、オレは辛いの苦手なんでパスさね。

 万来は桐生の老舗のラーメン店。東毛でも新興の禁煙のラーメン店が増えたけんど、老舗のラーメン店て、喫煙天国なところが多いんだけんど、ここは昔っから禁煙!すんばらしい!

 久々に味噌ラーメンをチョイス。白味噌仕立ての味噌ラーメン。チャーシューもやらっかくって、ラーメンの塩加減も良くってうんまかったぃ!(高血圧のオレには塩加減が何より重要なんさね(笑))

 ぜひまた行ぐんべっと。

万来
桐生市堤町3-7-10


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by dr_suzuki | 2015-11-22 11:46 | 東毛(+両毛)漫遊 | Trackback | Comments(0)
2015年 09月 13日
第37回 草木湖一周マラソン全国大会 (みどり市) 【12km】
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第37回 草木湖一周マラソン全国大会
10:25 19キロの部スタート!@あずま運動公園 (みどり市)

 今季もランニングシーズン開幕。今季はトレイルランを主軸に男の修行をしてみたい。ということで、まずは舗装道ながら坂がいっぱいの草木湖一周マラソン全国大会・12kmの部に2010年以来、5年ぶりにエントリー。5年ぶり2回めの全国大会の出場である。5年の精進はタイムを縮められるのか?はたまた老化には克てないのか?今回の目標は「5年前の自分に克つ!」、この一点である。

 9月13日、数日前に栃木茨城を水没させた、あの東日本大豪雨の後の最初の日曜日。なのに今日も雨の予報あり。受付開始の朝8時にみどり市あずま運動公園に着くように家を出る。8時ちょっと前に現地到着。受付は8時から45分間。受付を済ますと、あのぐらんどばんさんと初対面&ご挨拶!でもここからスタートの10時30分まで2時間以上も待たされる (´Д`)。いろいろ事情があるのかもしれないけど、ナンバーカードなど一式を事前に郵送するスタイルにできないものか。前回の時はA師匠が一緒だったので暇も潰せたが、今回は単騎(ぼっち)参上なので全くの手持ち無沙汰。雨が心配なので屋根のある待機スペースを確保し、運動公園やダム公園周辺にingressのポータルがいくつかあったので巡ってみて時間稼ぎをしたけど、それでもまだまだ小一時間も待ち時間がある (´Д`) だったらじっくりウォームアップをすればいいのかもしれないが、坂を駆け上がる体力は温存させておきたいのだ(ヘタレ)。
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 10:25、19kmの猛者たちのスタートを見届け、スタートラインに並ぶ。確か5年前は走りきれるのかキンチョーでドキドキだったなぁ。今日は、まぁ坂がつらくても12kmならきっと問題なく走れるだろう。5年間の鍛錬は人間を強くするものだ。今日のウェアはタンスから引っぱりだしてきた5年前の草木湖一周マラソンの完走記念Tシャツ、首にはお約束のザスパのタオルマフラー、そしてポケットには途中の風景を撮ろうとiPhone5sを忍ばせておく。10:30スタート。
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 草木ダムサイトまで一気の上り・・・ん?なんだか今日はミョーに脚が重いぞ。上りで全然脚が出ない (´Д`) ランニングしてると、どこまでも走って行けるようなすげぇ調子良い日と、本当に脚が重くてすげぇ調子が悪い日があるんだけど、なんとしたことか今日は後者が当たってしまったようだ。(ランニング大会の時に前者があたることもまずない) 5年前のブログの記事には「最後まで歩かなかった」と書いてあったけど、すでに3km手前の上り坂で心折れて歩いてしまう (´Д`) なにこの体たらく。すでにふくらはぎにもなんだか違和感あり。・・・上りは歩きメインにして、下りは(それなりに)走って、完走を目指すとしよう。あぁすでにダメ人間 (´Д`)

b0004675_962914.jpg それでも下りはがんばって走って、タイムを稼ぎつつ、なんとか中間の朱い草木橋へ。橋の中央でiPhoneでダム湖を撮影しながら、国道122号へ。ここから下り基調になるが、国道は交通規制されてないので横を車が走っていくのはやっぱり怖いね。富弘美術館の売店脇で小脇に逸れ、公衆トイレを借りようかと思ったら・・・まさかの「清掃中」 (´Д`) もう小脇にそれた以上、せっかくなのでingress起動させてHackしちまったよ!


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 そんな富弘美術館を過ぎたあたりからとうとう雨が降ってきた。下りでスリッピーになるのは嫌だな。残り2kmの掲示を発見。脚は前半温存してしまったせいか、まだ十分余力があったので、ここから一気に(自分の中で)スパート。最後の下りをキロ4分で下り、ヘロヘロになってゴール!

 記録は1時間6分34秒!おぉ5年前より6秒速い! なんともビミョーな結末。途中画像撮ったり、ingressしてなきゃ、もっと速かったのか!?・・・一応、5年前の自分にはわずかに克ったけど、あの頃よりランニングに対して真摯な態度だったかと聞かれたら・・・ダメなオトナですな。

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完走賞はかわいい絵柄の記念Tシャツ&イオンウォーター

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Nike+アプリから引用
GPSの計測だと11.4kmなのだけど・・・
前半の上り坂で低速の赤色になってて、すっかり心が折れてる(笑)のがわかる
最後のスパートの下り坂は高速の緑!
途中、富弘美術館で小脇に逸れてます(笑)

 旧東村のスタッフの皆様、とりわけボランティアの中学生の皆様、お疲れ様でした&ありがとうございました。エラい方々には、当日受付の時間から出走までの待ち時間をぜひご検討頂きたいと思います。(できれば事前のナンバーカード郵送を強くお願いしたい!)

 で、この後、ソッコーで家に帰り、シャワーを浴びて、前橋にザスパの試合を観に行きました。が・・・見事に負けたので、一気に疲れが出ちゃった (´Д`)

第37回草木湖一周マラソン全国大会
12km 01:06:34
総合順位 255/401
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by dr_suzuki | 2015-09-13 15:59 | 東毛(+両毛)漫遊 | Trackback | Comments(4)
2015年 08月 29日
上毛電鉄 デハ101 渡良瀬川橋梁を西へ
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上毛電鉄 デハ101 渡良瀬川橋梁を西へ
by iPhone5S with Snapseed

 昼休み、用があってちっと出かけたら、上毛電鉄の踏切でデハ101が西桐生方面に走ってぐのを初めて目にしたんで、富士山下駅近くの渡良瀬川橋梁に行って帰ぇりを待ち構えてみたで。

 今走る電車としては、日本で最古の車両とゆわれてる上毛電鉄のデハ101。
 いやぁどうゆう情報網を持ってるんか、すでに三脚+望遠一眼レフの撮り鉄さんいっぺぇだし!

 小雨の中待つこと20分。・・・撮るには撮ったんだけんどiPhoneなんかで撮ってるのオレだけだぃね(笑)!

 デハ101貸切運転 (上毛電鉄公式):2015年8月29日アクセス

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by dr_suzuki | 2015-08-29 14:05 | 東毛(+両毛)漫遊 | Trackback | Comments(0)
2015年 07月 08日
鹿の川・赤城神社の「大演習記念」石灯籠 (みどり市笠懸町鹿)
 一部のマニアな方々(笑)にお贈りする、久々の「東毛の戦争遺跡」シリーズ。

b0004675_17183561.jpg この間、ウェザーニュース・タッチで七色の紫陽花の画像というミッションがあったんで、色とりどりの紫陽花が咲いてる穴場、笠懸町鹿・鹿の川(かのがわ)の赤城神社に行ってみたんさ。(ミッションで撮った画像を元にした花図鑑・紫陽花 2015 はこちら

 紫陽花を撮ってると、この神社には石灯籠がいくつかあることに気づいたぃね。石仏巡りの習性(笑)で、どんな銘が彫られてるんか、ついつい見ちまうんだぃなぁ。


 拝殿向かって左の石灯籠は「参宮記念」の銘。向かって右の石灯籠は・・・よく見てみっと・・・!! 「大演習記念」の銘が彫ってあるで!

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「大演習記念」


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側面には「昭和九年十一月吉日 籾山邦衛」の銘
 籾山氏は桐生愛国飛行場開設に尽力した当時の笠懸村長

 昭和9年の大演習って・・・これはあの桐生愛国飛行場跡の記事でも触れた昭和9年秋の陸軍特別大演習を記念・献上された石灯籠なんきゃ!笠懸図書館で発見した『鹿の川村伝記』(阿部悦男 1985)に陸軍特別大演習の記載があったんで、がんばってその箇所を打ち込んで引用すっと、
 その五十六章 愛国飛行場にて大閲兵式挙行される

 昭和九年秋、第十四師団を中心に二ケ師団の兵士五万有余の動員兵士が参加して大演習があり、笠懸村を最後の戦場としての決戦地点とし、演習終了の後、大閲兵式場となったのである。長野県、栃木県、茨城県、埼玉県と群馬県と広大な地域を戦場に想定し、秋季大演習がくりひろげたれた。東西両軍共次第次第に進攻し、戦場もせばまり、そのころになると兵士もかなりつかれ、行軍中にも居眠りをして土手下に転落する兵も出るという長期の演習であった。
 日を追って群馬県内に入り、笠懸近くまでくるといよいよ決戦の期も熟して来た。ついに、西の方から進攻してきた部隊は鹿田の大田んぼが決戦集結地となり、東は鹿の川から阿左美の間が決戦場となり、大演習も集結をみた。最後の仕上げの閲兵式が愛国飛行場、現在の四十三、四組及び就農部落である処で行われたが、さしも広い飛行場もせまく、入場する部隊、出場する部隊と鹿の川、久宮、前鹿田、各部落地帯は、兵士や戦車、大砲、軍馬、装甲車等で見物人は右往左往する一方で、うかうかしていられない状態であった。この為朝から夕方近くまでかかるという有様で、遠い部隊等は前夜鹿の川及び隣接部落に集結して露営する状況で混雑を極めた。閲兵式も終わったが当日また翌日と宿泊して帰隊する部隊もあって、数日間鹿の川附近は兵士でうまる程であった。兵士のはばのきいた時代で、また軍国主義時代の未曾有の一大祭典であった。 (以下略)

 当時は、この辺りは見渡すかぎりの野っ原で、演習にも好都合だったんべなぁ。今のみどり市の人口に匹敵する5万人の兵士が来ちゃったら、村も大騒ぎだったんべなぁ。その1年後の昭和10年(1935)には、この地は大旋風で甚大な被害に見舞われ、田舎の笠懸村は本当に毎年大変な騒ぎだったんじゃねぇかと。

 当時を伝える貴重なもんだんべから、大切に保存してってもらいてぇもんだぃね。

 鹿の川・赤城神社 (Yahoo!ロコ) 

【参考文献】
『笠懸村誌・下巻』 p272-275 笠懸村誌編集室 1988
『久宮村・桃頭村の歴史』 六区公民館落成記念誌 p57-58 1990
『鹿の川村伝記』 p116-117 阿部悦男 1985 (自費出版・みどり市立笠懸図書館献本)
『戦後70年戦時下の記憶とくらし』 展示図録 岩宿博物館第59回企画展 2015
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by dr_suzuki | 2015-07-08 17:30 | 東毛(+両毛)漫遊 | Trackback | Comments(4)