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2012年 08月 01日
駒形神社埴輪窯跡 (太田市北金井町)
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北金井・駒形神社

 続いてのスタンプラリーは今年ライナップに加わった「駒形神社埴輪窯跡」・・・実は昔から知っていて、実際冬の山歩きの帰ぇり道にきたことがあるんさ。ここが加わったってことは、前とどっか違うんかな?

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 『上野国郡村誌』によればこの駒形神社は、明治の大合併以前の北金井村の村社で祭神は宇賀魂だそうだぃね。
 駒形神社は道からちっと登った山裾にあるで。まずは下の集会所脇に設置されたスタンプを押す。


 近くに説明板があるで。画像のところが新調されてらぃね。(以前は画像が剥がれてた)
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 そこの地図拡大・・・。
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 とゆうことは、ここの手前が埴輪集積場きゃ・・・
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一面の雑草じゃねーきゃorz


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神社参道に史跡の碑/拝殿へ/駒形神社拝殿

 んじゃ、拝殿奥の埴輪窯跡に行ってみりゃなんかできたんかな・・・
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見事な雑草
埴輪窯跡の痕跡すらわからずorz・・・前と変わってねぇし

 
 せっかくのスタンプラリーのポイントにすんなら、出荷待ちの埴輪のレプリカとか並べてくれりゃよかったんに。学術的に貴重なもんで、古墳埴輪好きにはたまらねぇかもしんねぇけんど、良い子のみんなも絵的につまんねぇし、説明板がなきゃ田舎の神社にお参りに来たようなもん(笑)だぃね。古墳モノを加えるんなら、同じ市史跡なら石室の見える東今泉の巖穴山古墳でもよかったんじゃねぇかと思うんだけんど。

 まぁせっかくきたんだし、じっくりお参りして帰ぇるとすっか。

 駒形神社 (Yahoo!ロコ)

【参考文献】
 『上野国郡村誌』 北金井村

 (7月22日分、了。スタンプラリーは継続参戦中。本日まで14ポイントゲットなう。)

【2013年2月追記】

b0004675_1813268.jpg【か】 窯跡は埴輪を焼いた駒形神社

『強戸かるた』 強戸地区青少年健全育成推進会議編 (1987)



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by dr_suzuki | 2012-08-01 19:09 | 東毛(+両毛)漫遊 | Trackback | Comments(0)
2012年 08月 01日
寺山古墳 (太田市強戸町)
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強戸町・寺山古墳遠景

 先月の22日に遡って・・・

b0004675_17305520.jpg 今年の夏も「おおたんの史跡探検スタンプラリー」に参戦。毎年同じラインナップじゃなくって、いくつかが入れ替わるんさね。今年は古墳を観光資源に考えてる群馬県の意向も受けてか、古墳のポイントが追加されたぃね。オレのツボにハマるじゃねーきゃ!元々は小中学生向けの企画だけんど、オヤジなんに毎年参加中。オレは、この地域には詳しいと自負しているんだけんど、まだまだ知らねぇ所があるんだなぁと毎年思うんさね。

 まずは籔塚本町歴史民俗資料館に行って、ラリーの申し込みとスタンプ台帳を発行してもらったで。申込書に職業欄があるんだけんど、おじさんに「職業は無職かい?」とまた今年も聞かれちまうorz そんなに無職に見えるん、オレ?


 まずは本日手始めに、籔塚本町歴史民俗資料館西山古墳を巡り、次は強戸・寺山古墳と北金井・駒形神社埴輪窯跡を廻ることにしたで。

 寺山古墳は強戸地区の峰山の一角にある昨年太田市指定史跡になった前方後方墳。現地に行ってみたんだけんど、整備されたべぇなんか説明板も見当たんねぇし。しょうがねぇからガイドマップの説明を頑張って打ち込んでみんべぇか。

 寺山古墳は、金山丘陵の北西端に張り出した支丘陵の上に築かれた全長約60mの前方後方墳です。発掘調査は行われていないので詳しいことはわかりませんが、墳形などから古墳時代初期、4世紀前半頃に造られたと考えられています。
 太田市内で現在確認できる古墳の中では最も古いもので、墳丘の保存状態もよく、造られた当初の原型をとどめている前方後方墳としては、太田市内でも唯一のものとなっています。
 古墳時代初期に金山の西側地域の発展を主導した首長の墳墓と考えられる寺山古墳は、太田市域の歩んだ歴史の理解を深める上で貴重な文化遺産であります。

b0004675_1732521.jpg だそうだぃね。この時期の古墳は成塚向山に「成塚向山古墳」もあったんだけんど(リンク先はいつもお世話になってる「埼群古墳館」さん)、北関東道建設の造成で壊されちゃったんさね。(同時に向山にあったっつー青面金剛も行方不明orz 資料にある太田市内の青面金剛で唯一現存が確認されてねんさ。)

 今はすっかりちっと整備されて、古墳らしい形になってるんだけんど、以前は雑草だらけで、冬でも近づくこともままならなかったぃね。まぁ今の段階じゃ雑草に覆われた小高い丘にしか見えねぇやぃなぁ。貴重な古墳だっつーから、発掘調査してもらって(未盗掘ならいいやぃねぇ)、ぜひきっちり整備してもらいてぇやぃね。今のままだとおーか殺風景で、スタンプラリーに来た子供たちもあんまおもしろかねぇだんべなぁ。

 ちなみに場所は、こっち(Yahooロコ) すぐ近くに「おおた太陽光発電所」があるで。

b0004675_17332054.gif スタンプゲットして、次は北金井・駒形神社埴輪窯跡に行ってみんべぇ。


(つづく)

【2013年2月追記】

b0004675_18275315.jpg【く】 桑畑をのぼれば名高い寺山古墳
 ・・・整備されてはぁ桑原もなくなっちゃったけどね。


『強戸かるた』 強戸地区青少年健全育成推進会議編 (1987)



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by dr_suzuki | 2012-08-01 17:51 | 東毛(+両毛)漫遊 | Trackback | Comments(0)
2011年 11月 06日
山上塚越の道祖神・塚越古墳 (桐生市新里町山上)
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塚越古墳を東から(桐生市新里町山上)

 午前中、桐生市立新里図書館にやっと見つけた(オレん家の近くじゃここしか所蔵してねんさ)資料のコピーに行ぐ。「日曜は忙しいんだから・・」と文句をぬかし、不満たらたらの職員の態度に、勤め人は日曜にっきゃ来られねんべがな!とキレちまったで。(桐生市やみどり市の図書館は日曜に禁帯出資料のコピーを頼むと文句言う職員がまぁず多いんさね。だったら日曜こそ職員補充しとけや。それか太田市みてぇに自分でコピーさせてくれ。)

 そんなこんなでやっとコピーを入手し、せっかく新里に来たんで、新里山上の塚越古墳(庚申塚古墳:山上8号墳)に寄って帰ぇることにしたで。この間「桐生タイムス」でこの古墳の写真が掲載されてたんだけんど、墳丘上の「青面金剛」の姿をオレは見逃さなかったで!(笑)

 山上城址公園の東北東500mほどのところにある塚越古墳へ。この古墳自体は市史跡でも何でもねんで途中一切案内掲示は出てねんさね。事前に「埼群古墳館」さんで所在を確かめといてよかったぃなぁ。それでもちっとわかりづれぇとこにあるんで迷っちゃったんさ。更に道が狭くって駐車にも難儀。

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墳丘上に青面金剛、アッタ━(゚∀゚)━!

 墳丘手前にも石仏系多数。

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 そん中でも桐生市指定史跡の東毛じゃ珍しい「双体道祖神」、アッタ━(゚∀゚)━!

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「山上塚越の道祖神」:元文2年(1737)
・・・そういやこれ、現地説明看板がねぇぞ・・・

 こんな珍しい道祖神(しかも市指定史跡)があるんだから、途中の道案内や説明看板ぐれぇつけてくれりゃいんに。>桐生市文化財保護課!

 ・・・(新里の)桐生市吏員はいろんな意味でまっとちゃんとやってほしいやぃね。

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 山上塚越の道祖神 (桐生市ホームページ;・・・桐生市のHPは呪文のようなURLで辟易)
 塚越古墳&山上塚越の道祖神 (このあたり:ちず丸リンク)
 庚申塚古墳(山上8号墳) (埼群古墳館)
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by dr_suzuki | 2011-11-06 17:55 | 東毛(+両毛)漫遊 | Trackback | Comments(0)
2011年 10月 17日
百庚申古墳 (太田市新田中江田町原)
 最近は太田への出勤途中や日曜に、旧新田郡(+α)地域の青面金剛蒐集に熱中(笑)『新田町の石造物と金工品(新田町誌基礎資料4号)』で青面金剛の一覧を発見したんで、ひとつひとつそのリストを潰してるんさ。さながら宝の地図を手にしたドラクエの冒険気分。ところがその一覧にある所在地は「小字名」の表記だけだったり、個人宅の「北東」とか、そっけなく一行っきゃ書いてねんで、出版後30年も経つ今では、本当に辿り着くまでが一苦労さね。道路脇にあったっつーもんは、道路の拡幅工事でなくなってることもあるし、あると書いてある某神社には二度行って境内を探したけんど、結局探し出すことがでぎなかったり・・・まぁ「宝探し」なんてそんなもんかね。

b0004675_12313771.jpg こないだの朝も一覧に「中江田・江田の池」とだけ書いてあるんをめっけに行った。まぁ地元の人なら、それだけでピンとくるんだんべけんど、正直「それどこなん!?」って感じさね。ちなみにGoogleMapやYahoo!地図には載ってなくってどうすんべかと思ってたら、「ちず丸」にはちゃんと載ってた・・・orz (地図サイトはどれも一長一短があるんで、検索にはこの3つのサイトをフルに活用)・・・でも結局、行ってみっと土地カンねぇからうまく辿り着けなくって、畑で農作業中のおじいさんに場所を教えてもらったんだけんど(笑)苦労して辿り着いてめっけて、それが300余年の風雪に耐えてもなおビューティフルなもんだと、まぁずうれしいんだぃなぁ。右はその「江田の池」の享保8年(1723)青面金剛。新田の湧水の池の畔に300年近くもひっそりと佇んでるんなんて、まぁず趣あらぃねぇ。青面金剛って、エイリアンっぽい風貌もまっさかイケてらぃ!(笑)


 さて次の目標は同じ中江田で所在地が「原 百庚申」とだけ書いてある元禄8年(1695)の青面金剛・・・って中江田広すぎ。百庚申ってことは、こないだの笠懸西鹿田の長昌寺みてぇに庚申塔てんこもりだってことか・・・って、それどこなん?わかんねぇなら、今の時代はとりあえずググってみる。「中江田 百庚申」の検索結果は・・・いつもお世話になってるサイト「埼群古墳館」がヒット! 百庚申古墳きゃ! 古墳に庚申塔林立かも! こりゃいってみるっきゃねぇな。しかも親切にサイトに場所まで示してくれてるし・・・(ちなみに上記3つの地図サイトには「百庚申」の表記がなかったぃね。)

 これなら出勤途中にも寄れそうだぃなぁと思ってたら、昨日の日曜、妻娘がジョイフル新田に行ぐっつーんで、買い物につきあわされるんもなんなんで、送り届けてっから、時間潰しに、これ幸いとばかりに新田地区の青面金剛探索に。中江田の百庚申古墳方面に行ってみっと・・・354号を折れた所に、旧新田町が設置した史跡めぐりコースの案内板も出てんじゃねーきゃ。それなりに旧新田町じゃ有名なところだったんかな?

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百庚申古墳・北西から
まぁずさびしい とても古墳にはみえねぇよね

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南西から
 草ボーボーで庚申塔、ほとんど見えねぇし!(石祠が数基あるのみ)

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近づいてみた
青面金剛が本当にここにあるんきゃ!?
めっけらんなかった・・・orz っつー徒労パターンを既に覚悟・・・

 「古墳はとりあえず上ってみる」のがポリシーなんで、墳頂付近の木をかき分けてみた。(こうゆうところには蜂が潜んでるんで、度胸と注意がいる(笑))
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ん??何あれ!? まさか!

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元禄8年(1695)青面金剛!キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!!!
よーく拝んで撮影!
・・・でもよく見っと右腰ん所は蜂の巣なんきゃ?


 いやぁ古墳の主のように、金剛が鎮座してたで。
 こうゆう出逢いがあるんで、ますます宝探しの冒険の旅に燃えちゃうんだぃなぁ。

 この日は正味2時間ほどで新田地区の青面金剛11基をゲット!オレのライフワーク(予定)のGoogleMap「東毛の青面金剛」のデータがおーか充実したで。

 ジョイフルに妻娘を迎えに行ぎ、日曜午後の冒険の旅は終了~!

【参考文献】
 『新田町の石造物と金工品(新田町誌基礎資料4号)』 p111-143, 1977
 『新田町誌』 資料編(上) 1987
 百庚申古墳 (埼群古墳館)
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by dr_suzuki | 2011-10-17 12:51 | 東毛(+両毛)漫遊 | Trackback | Comments(2)
2011年 09月 25日
長円寺古墳 (太田市薮塚町滝の入)
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長円寺古墳・長円寺本堂西の前方後円墳(藪塚本町25号墳)遠景

 今日の目的地は、滝の入の藤光山長円寺、ここには青面金剛があるって『薮塚本町誌・上』に書いてあったんで、ついでに上毛古墳総覧に藪塚本町25号墳として載ってるっつー長円寺古墳を見物に行ぐことにした。また自転車行脚しようと思ったけんど、根性無く車を選択。

b0004675_23202842.jpg 長円寺に到着。
 本堂は彫刻も、その彩色も立派だぃなぁ。

b0004675_23204911.jpg 古墳の周りには石仏多数。
 江戸時代には古墳をぐるっと庚申塔が囲んだ百庚申塚だったんだかね。


b0004675_23213038.jpg そん中にあっけなく目的の青面金剛発見!
 なんだか阿左美南光寺のヤツに似てらぃなぁ。同じ石工が作ったんかな?
 天明8年(1788)って彫ってあるんで、東毛じゃ比較的新しいもんだぃね。


 古墳をぐるっと、一回りして見物。前方部墳丘上にも六角の石祠があるで。古墳には取りあえず上ってみるのがポリシー(笑)なんで上ってみっと・・・

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・・・万延元庚申年(1860)きゃ・・・

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正面に回ると・・・これ・・何なん!?まさか青面金剛!?

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拡大・・・(畏れ多くて触れてみなかったけんど)これ木製じゃねんきゃ!
一鬼踏んでるし!


 万延元年は庚申の年で庚申塔がいっぺぇ作られたってゆうけんど・・・まさか墳丘部にこんなものがあるなんて・・・驚きの発見さね。

 あわてて帰ぇりがけに図書館に寄って『薮塚本町誌・上』を調べてみたんだけんど、古墳の西にあった天明8年の青面金剛は記載があったんだけんど、これについての記載はめっかんなかった(見落としてるかもしんねぇけんど・・・)

 いやはやまっさかびっくらこいたぃね。青面金剛探しもホント奥が深けぇやぃねぇ・・・・

長円寺古墳 (ちず丸リンク;ぐるっと環状になってるんが古墳さね)

【参考文献】
 『薮塚本町誌・上』 
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by dr_suzuki | 2011-09-25 23:33 | 東毛(+両毛)漫遊 | Trackback | Comments(6)
2011年 09月 21日
長昌寺A号・B号古墳 (みどり市笠懸町西鹿田)
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長昌寺A号古墳 (みどり市笠懸町西鹿田):みどり市指定史跡

 (18日午後)家に帰ってきても何にもすることがなく・・・そのまんま無為に休日の午後を過ごすんはもったいねぇ気がしたんで、青面金剛と二十二夜塔を探しに、家のクロスバイク(限りなくママチャリ(笑))で炎天下の中繰り出すことにした。石仏探しは、自動車より自転車の方がいろんな意味でいーんだぃね。(石仏のある路傍には車を停められねぇことが多々あるし、車だと速すぎてよくわかんねぇんさね)

 笠懸町内で、目的のいくつか石仏の画像をデジカメに収め、今度ぁ炎天下の中、西鹿田(さいしかだ)の長昌寺へ行ってみた。ここには長昌寺A号・B号古墳ってゆうのがあって、庚申塚(庚申塔がいっぺぇある)になってるって噂だぃね。

 ちょっとヒルクライムっぽくなってるじゃねーきゃ、西鹿田。こりゃ体力がいるぜ。それにしても群馬の県道は本当に自動車のための道路で、自転車向きじゃねぇことがよくわかるな。・・・長昌寺に到着。汗びっしょり。おーっ!石仏多数!

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長昌寺本堂/石仏多数~!/この辺りには珍しい道祖神
A号古墳の墳頂の五輪塔/巳待塔(珍しい)/こんな円柱の青面金剛文字塔もある


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長昌寺A号古墳 ・別名開山塚百庚申塚

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長昌寺B号古墳 ・歴代住職の墓所になってる


 で、石仏は、まぁずいっぺぇあったんだけんど・・・目的の青面金剛像の庚申塔も如意輪観音の二十二夜塔もねぇし・・・

b0004675_1954752.jpg 気力が残っているうちに次のポイントへ。次は鹿田山中腹の清泉寺(右)、完全ヒルクライム状態になって、はぁ疲れまくり。・・・下って阿左美地区の寺院・他を巡って、結局計2時半も自転車で石仏探索行脚。まぁデュアスロンの練習したと思えばいいか(笑) 史跡探検に使える、いい自転車がほしいやぃなぁ。


 まぁ、この日の石仏探検の成果は、ライフワークとなってるGoogleMapの東毛の「青面金剛」東毛の「二十二夜塔・如意輪観音」をみてくんなぃ!
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by dr_suzuki | 2011-09-21 19:56 | 東毛(+両毛)漫遊 | Trackback | Comments(0)
2011年 05月 30日
巖穴山古墳 (太田市東今泉町)
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巖穴山古墳 (太田市東今泉町) ・太田市指定史跡

 北関東道が開通して、太田薮塚ICから東に車を走らせてっと、太田桐生ICの手前の緩いカーブで、この古墳の姿が前方に見えてきてまぁず気になってたぃね。(・・・まぁ気にする人なんて少ねぇと思うけんど)なんで東今泉のルピナス畑の帰ぇりに、巖穴山古墳に寄ってみたで。

 北関東道が古墳のすぐ南を走るようになったぃね。古墳への道はなっから狭めぇんで、ゆっくり見学してぇヤツは北関東道の下んところにちょっとした駐車スペースがあるんで置かしてもらうんがいんかもしんねぇね。

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南側に開口する横穴式石室
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現地説明板・だいぶ色褪せちゃって、右の図はおーか判読困難になってるで


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石室/古墳を西から(前の道は車のすれ違い不可)/ポピーと古墳


 この古墳は太田市指定史跡なんさ。地上から見るとちっとわかんねぇけんど「方墳」で、墳丘四辺の方位がそれぞれ東西南北にほぼ一致しているんだと。築造時期は古墳時代末期の7世紀中頃で、その終末期の太田市唯一の方墳らしい。前方後円墳の時代から比べっと、墳墓建設ってゆう「公共事業」もシンプルかつ縮小化しちゃってたっつーことなんかね?

 太田市巖穴山古墳 (埼群古墳館)
 巖穴山古墳 (ちず丸リンク)
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by dr_suzuki | 2011-05-30 17:17 | 東毛(+両毛)漫遊 | Trackback | Comments(4)
2010年 11月 26日
はにコレ2010
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はにコレ2010@イオンモール太田2Fイオンホール
オクマン山古墳の埴輪たち

b0004675_18284649.jpg 太田市教育委員会主催「はにコレ2010」がイオンモール太田で11/20-28に開催されてるってゆーんを「おおたんねっと」で聞いたんさ。埴輪&古墳好きのオレとしちゃぁ、こりゃ行がなくっちゃなんねんべ!っつーことで仕事帰ぇりに寄ってみたで。


b0004675_18285479.jpg しっかし「はにコレ」たぁ、まっさか洒落たネーミングだで(笑)こりゃ太田市出土の埴輪がいっぺぇあるんだんべぇ!とおーか期待して2階のイオンホールへ。・・・廊下には脱力した「おおたん」の着ぐるみがいたよ。平日だと中の人はいねんだね。


 まぁマニアックなもんだから、あんま見物人はいねんだんべなーと思ったけんど、意外にいたで。見たことねぇ埴輪いっぺぇ!!撮影許可をいただき、デジカメで撮りまくりさね。

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ポスター/駒形神社埴輪窯跡の埴輪群/世良田諏訪遺跡の埴輪群
埴輪あれこれ

 有名なオクマン山古墳出土の鷹匠埴輪が間近に見られてうれしかったぃなー。デジカメで撮ると埴輪がデジカメのフェイスキャッチで「顔」で認識されるのもたまげたんだけんど、撮影したら「目を閉じていたようです」って液晶画面に出たんはなんだかなー(笑)来年もまた違う所蔵品でよろしくたのまぃ!>文化財課のみなさん!

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※「東毛の古墳」タグにも分類しとくかね。ちっと黄色っぽい色になるように撮影してみたんさね。
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by dr_suzuki | 2010-11-26 18:34 | 東毛(+両毛)漫遊 | Trackback | Comments(0)
2010年 08月 25日
円福寺茶臼山古墳 (太田市別所町)
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円福寺茶臼山古墳 (太田市別所町);西側の水田から

 太田市宝泉台地の西部にある県内第3の古墳。(太田市内では天神山古墳に次いで2位) 間近に見るとたしかにでっけぇ。東側には円福寺や伝新田氏累代の鞍部には十二所神社があるんだけんど、西側からみるとよく古墳の原型を留めてらぃね。これだけのでっけぇもんをよくぞ造ったもんだぃなぁ。由良の地に聳える、まさに「山」とゆえるレベルだぃねぇ。

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現地案内板


 その墳丘近くには

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国良親王御陵の碑


 国良親王???・・・実は浅学ゆえ全く知らなかったんで図書館等で調べてみたで。

 国良親王は新田義貞公と勾当内侍の子である山吹姫と、後醍醐天皇の皇子である宗良親王の間に生まれた皇子で、国良親王が新田荘にいて、ここに葬られたといゆう伝説があるらしいんさね。

 宗良親王は正平一統の際に新田義興・義宗とともに鎌倉を一時奪還、征夷大将軍に任じられる。北朝方に敗れ鎌倉を再奪取された後は、義宗や南朝勢力と共に越後、上州や信濃で南朝の勢力挽回のための軍事行動をしたと伝えられている。国良親王は史実では皇子として認められてねぇ模様。国良親王は円福寺にいて、義宗は新田政義が築き新田累代の拠点となっていた東の台源氏館にいたとも伝えられてるとのことだぃね。

『新田郡宝泉村誌』(1976)には、以下のような伝説が記載されてる。
円福寺保存銅板印刷によると、
興国二年(後村上天皇今より約六二七年前)征東将軍一品中務卿宗良親王、信州伊那郡山中において、国良親王を生む、その後山吹女剃髪して覚心尼と云う。これより宗良親王上野着御の砌り、金山、艮の方畠中と云えるところに御所を構えしが後同由良郷宝泉野に御所を移させ給う。爾来金山城を実城と称し、新田貞氏公をもってその実城の第一世とす、貞氏は国良親王を守護し奉りもって新田宮内と云う処に花見塚をたて、更に御野所となす、親王は正平二十四年八月九日をもって薨去あらせられ、月の十五日をもって同荘由良別墅円福寺中の茶臼山に葬り奉る、御年三十一、以上の伝説がある。

 石碑の感じが矢止めの松の石碑とおんなじようだから、戦前に新田氏関連の史跡を一連で顕彰したもんなんだんべか?(→後に裏を見たら昭和34年建立だったぃね・・・)

 果たして伝説の真実や如何に?

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 それにしても墳丘近く、仄暗ぇは、蚊の大群がいるはで辟易したで。やっぱ古墳見学は冬に限るんねー。

 太田市|円福寺茶臼山古墳 (太田市ホームページ)

 b0004675_11311711.gif円福寺茶臼山古墳 (ちず丸リンク)


b0004675_23314267.gif「伝説地」なんだけど、一応「新田氏関連史跡めぐり」にも加えとくとすっか。


【参考文献】
『新田郡宝泉村誌』 p750-754 宝泉村誌編纂委員会 1976
『皇子たちの南北朝―後醍醐天皇の分身』 森 茂暁 中公文庫 中央公論新社 2007
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by dr_suzuki | 2010-08-25 12:03 | 東毛(+両毛)漫遊 | Trackback | Comments(0)
2010年 04月 07日
鳥崇神社古墳 (太田市鳥山中町) 【桜】
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桜の古墳・鳥崇神社古墳 (太田市鳥山中町)

 6日、暖かさで一気に桜が満開。隠れた桜の名所、桜の花に覆われるってゆう太田市鳥山中町の県道78号太田大間々線沿いにある鳥崇(ちょうそう)神社古墳に仕事帰ぇりに寄ってみることにしたで。(とゆうか桜の季節になるんを待ってたんさ!)
 ここの古墳、前方部はすでに削平されちゃったけんど、周囲に周堀がめぐり、くびれ部付近に「中島」が残ってるってゆう、貴重なスタイルらしいやぃね。

 仕事がちっとんべ遅くなり、夕暮れの中太田市内を車で急いだけんど・・・群馬の県道は県道どうしが交差するところにも右折車線がなくって、どこも渋滞。最近栃木南部に行ぐ機会が多いけんど、栃木と比べっと群馬の県道交差点のトホホさにはまぁず閉口だぃなー。

 で、やっとこさ到着。・・・なんとか日暮れにまで間に合ったぃね。

 鳥居をくぐって、古墳を目指す。・・・おー、古墳が桜に覆われててなっから壮観だぃねぇ。

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鳥崇神社古墳鳥居/桜の参道/中島前の赤鳥居(中島は立ち入り禁止)
鳥居と桜/墳丘途中の祠と富士講?/後円部の鳥祟神社社殿


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貴重な周掘の「中島」
頂部に祠があるけんど・・・立入禁止だぃね

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後円部から東に走る県道太田大間々線を見下ろす
県道からもこの古墳の桜がキレイにめぇるで

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後円部の鳥祟神社
・・・「鳥崇」ってどういう意味なんだんべか??
由緒記がねぇかと思って探してみたがめっからず。
家に帰ってググってみたけんど、わからず。


鳥崇神社古墳 (太田市ホームページ)
【余録】↑上の太田市のサイトの鳥崇神社古墳のファイル名が「シマダタリ(simadatari.htm)」になってらぃね。・・・「鳥」も「島」を間違えるのはどうかと思うんだけんど。「崇」(あが)めると「祟」(たた)りは、字似てるからなぁ。オレも間違えたし。

 しっかし、桜ははぁ満開なんに・・・時間が時間なんだかオレの他には誰もいねぇ。
 電球がぶる下がってるから、地元の人はここに花見に来るんだんべな。

 その後、県道沿いに約1km県道を北上したところにある「亀山古墳(ここも桜がキレイ)」にも行ってみたけんど・・・右折の車いっぺぇの交差点渋滞で、辿り着いた時にはすっかり暗くなってたんさorz 群馬の県道交差点はまっと整備すべきだぃな。

b0004675_11311711.gif鳥崇神社古墳 (Yahoo!ロコ)
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by dr_suzuki | 2010-04-07 18:22 | 東毛(+両毛)漫遊 | Trackback | Comments(4)