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2010年 09月 27日
薮塚・彼岸花街道 (太田市薮塚町) 【彼岸花】
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薮塚・彼岸花街道/畦道に彼岸花咲く

 今年は酷暑の影響で、彼岸花(Lycoris radiata)の開花が1週間程遅れてるんだそうだぃね。お彼岸もすぎて、やっと朝晩涼しくなって、秋らしくなった昨今、新聞紙上でも彼岸花の話題が載るようになったぃね。彼岸花のメジャーどころに行ぐんもいーけんど、マイナーなもんを採り上げてぐんが、このブログのアイデンティティ(笑)なんで、以前からこの時期を狙ってた、薮塚の「彼岸花街道」に行ってみたんさね。

b0004675_1739742.jpg 薮塚の「彼岸花街道」、右のような堂々とした旧薮塚本町公認の旧町道114号線の標識があるんさね。この道は右折車線がなくって渋滞べぇの県道大間々太田線の抜け道として利用されてらぃね。田んぼの中を走る道でまっさか見通しがよく、秋から春の晴れた日には正面に赤城の雄大な姿が見えらぃね。

 道路両脇の畦に、紅い彼岸花が所々に咲いてるんさ。(ずっと連続して咲いてるわけじゃねぇよ)公園なんかで管理してて群生してる彼岸花もまぁず見事だけんど、こうゆう秋の稲穂の実る田んぼの畦に彼岸花が咲いてる姿こそが日本の原風景ともゆえるだんべな。秋空の青と、彼岸花の朱、そして金色の稲穂のコントラストがまっさか美しいやぃね。彼岸花は飢饉の時の救荒食でもあり、遺伝的にも同一で雄株、雌株がなくって株分けで広まった花なんだそうだぃね。

 惜しむらくはこの街道は生活道路なんで、見物しようにも駐車スペースがあんまねぇことかな。


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(おまけ)
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ちっと離れた三島神社のそばで「生首案山子」をめっけたで(笑)

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by dr_suzuki | 2010-09-27 17:42 | 東毛(+両毛)漫遊 | Trackback(1) | Comments(13)
2010年 09月 27日
秋の鹿田山・清水新沼 (みどり市笠懸町) 【蕎麦の花】
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秋晴れ・清水新沼周辺に蕎麦の花咲く

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 春には一面の菜の花畑になる、みどり市笠懸町の鹿田山・清水新沼。秋には一面の蕎麦の花が咲いてるってゆうんで、秋晴れの爽やかな日曜の午前中に行ってみたで。

 菜の花に替わって、鹿田山北麓一面に清楚な小さな白い蕎麦の花が咲いてらぃね。地元新聞の報道によると、菜の花も連作障害があるんで、菜の花の後に蕎麦を植えたんだそうだぃね。菜の花にも連作障害があるんを初めて知ったぃね。こんな一面にあるんなら蕎麦の実もなから採れるんべなぁと思ったら、来年の菜の花に備えるんで、実がなる前に途中で抜いちゃって菜の花の種を蒔くんだと。ここは菜の花をメインにしてぇそうなんだけんど、時期が重なんなきゃ、春に菜の花、秋に蕎麦と名物が二つできたんに惜しかったやぃなぁ。

 以前とくらべっと駐車場横にトイレもできたりしてて、地元の方々が気合入れてまぁずよく整備してくれてるらしいんさ。来年の草木湖一周マラソンに備えて、鹿田山のアップダウンでも練習してみるとすっか。

 清水新沼 (ちず丸リンク)

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by dr_suzuki | 2010-09-27 12:25 | 東毛(+両毛)漫遊 | Trackback | Comments(6)
2010年 09月 26日
J2 第28節 vs サガン鳥栖
b0004675_22585955.gifザスパ草津 0-2 サガン鳥栖

 今日は仕事で残念ながら敷島に行げず orz

 久々の群テレ観戦になったわけだけんど・・・まぁ今日の一戦観っと補強は失敗したぃなーって感じだぃねぇ・・・orz

 後半終了間際にいきなしCM入れちゃう群テレの構成もなんだかなぁ。

 現在15位 (8勝5分13敗;勝点29、得失点差-14)

 【J2:第28節 草津 vs 鳥栖】レポート:あざなえる縄のごとし。前節オウンゴールで勝った草津が、今節はオウンゴールで敗れる。(10.09.27) (J'sGOAL)
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by dr_suzuki | 2010-09-26 20:30 | ザスパ | Trackback | Comments(0)
2010年 09月 25日
天下一品 太田店 (太田市藤阿久町)
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天下一品・「こってり」700円也

b0004675_1323471.jpg 京都発で有名な全国に展開する「天下一品」さん。今年3月に群馬一号店としてオープンした太田店に、太田の仕事帰ぇりにちっと帰るルートを換えて寄ってみたんさね。

 トシくったせいか最近は佐野ラーメン系の「あっさり」した味が好きなオレは、あんま「こってり」系のラーメンは得意じゃねぇけんど、太田の職場のワケーシたちが「テンイチに行ったらぜひ『こってり』を食ってみてください!」とゆうので、完全ビジターモードで「こってり」を注文してみたで。

 スープがまるでポタージュみてぇ。見た目はほんと「こってり」とした感じだけど、確かに予想以上に「あっさり」した味。なんとも不思議な、今までに経験したことのねぇ感じだぃな。オレみてぇなあっさり系のラーメン好きな人もイケると思わぃね。

 店内完全禁煙なんも高評価!

 天下一品 (公式)

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by dr_suzuki | 2010-09-25 13:29 | 東毛(+両毛)漫遊 | Trackback | Comments(4)
2010年 09月 23日
J2 第27節 vs ギラヴァンツ北九州
b0004675_22165610.gifギラヴァンツ北九州 0-1 ザスパ草津

 当直明けで、北九州なんて遠い所にはとても行げず。かといって朝から雨降ってて肌寒く、何処ぃも行げねんで家で読書をして過ごしてたんさね。

 試合の模様を、J'sGOAL、Twitter、そして現地遠征組からのメールで情報収集。J'sGOALで得点がずっと得点者が(確認中)になってたぃねぇ(笑) まぁオウンゴールでも何でもアウェイで勝てりゃゆうことなし!今日は宮川に決められずによかったぃなぁ。

 えー、今日の読書は、セガレが買った「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」を横取りして一気に読破。内容は平易だから、ザスパのフロントの連中もぜひ読んでほしいやぃね。

 現在15位 (8勝5分12敗;勝点29、得失点差-12)

【J2:第27節 北九州 vs 草津】レポート:オウンゴールで北九州は勝点逃す。90分を戦い続けた草津と、45分でリズムを崩した北九州の明と暗。(10.09.24) (J'sGOAL)
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by dr_suzuki | 2010-09-23 19:49 | ザスパ | Trackback | Comments(0)
2010年 09月 20日
第32回 草木湖一周マラソン全国大会【12km】 (みどり市)
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第32回 草木湖一周マラソン全国大会
あずま運動公園 (みどり市)・ゴール風景
 
 不肖すずき@東毛、ランニング歴3年で悲願の全国大会出場!(厳しい予選を勝ち抜いて・・・とゆうわけじゃなくって応募すれば誰でも出られるんさね。(笑))

 19日朝、大間々町内でA師匠と落ち合い、一緒にみどり市東町(旧勢多郡東村)へ。国道122号を北上し、神戸(ごうど)の交差点を右に折れ、会場のあずま運動公園を目指してくと、あずま中学の手前ですでに運動公園の駐車場が満車のために係員に中学校へ誘導されちゃった。ここから会場までワゴン車で送ってもらえるんだけど(約2kmのアップダウンのある道)、すでに乗合場所は長蛇の列。(ワゴン車じゃなくって、せめてマイクロバスでピストン輸送していただけないものか・・・)すでにこの時点でもう暑く、今日は過酷なレースになることが予想される。一緒に並んでいた毎年このレースに参加してるという、おじさんにコースのことを伺うと「最初ダムのサイドまでは上り坂だけど、まぁその先は上ったり下ったりかな。まぁ大丈夫だよ」との話。

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眼前に草木ダム/小学生の部スタート!/市長も走る!

 会場のあずま運動公園へ。間近にみえる草木ダムは相変わらずでかい。あそこまで一気に駆け上るんかぁ。・・・

 A師匠は19km、オレは12kmの部に出場する。しかし19kmの部は10時40分、12kmの部は10時45分のスタート。その前に小学生たちが走るとはいえ、暑い中小一時間待ってないといけないというのもツライ。小学校の部のスターターは石原みどり市長。号砲の後、一緒に走ってました。

b0004675_18471020.jpg 木陰に入れば涼しいが、9月も下旬とは思えない炎天下に。山の方に来れば少しは涼しいかと思ったけど予想は外れ。走る前から心が折れかけてるし。

 デジカメ持って風景撮りながら走ろうかとも思ったけど、立ち止まるのもなんだし、身に着けるものを少しでも軽くしたいのでNike+だけ持っていくことにする。A師匠やSAIJUNさんたちの19kmの部の出走を見届け、12kmの部のスタートか近づく。今日の目標は完走、そして決して歩かない!だぃね。そして12km部スタート!

 徐々に上り坂にかわる。最初1.5kmぐらいの間は上りの急坂だという事前情報もあったんで、堪え忍んでひたすら上る。ダムのサイドに上りきった。このまま草木湖の左岸を走っていくのだけど・・・全然下り坂にならねぇぞ!上り坂ばっかし。しかもすんげぇキツイ、最初の上りよりはるかに急なんだけど・・・普段平地でしかトレーニングしてないので坂上りの連続は本当に辟易。カーブを曲がるたびに目の前に新たな上り坂が現れ、こりゃいったいどこまで続くんだと気力萎えまくり。途中12kmの部が通る草木湖にかかる朱色の草木橋の姿が木陰からみえるけど、すぐ近くにみえるのに、なかなかたどり着かねぇし。周りの人も相当バテているのがわかる。途中、もちろん下り坂も現れるんだけど、調子こいて下ってくと、膝をやってしまうので自重して進む。その後上り坂になるとダメージ倍増だし。

b0004675_1426764.jpg もう少しで草木橋・・・が、その手前に、また結構な上り坂orz 何とか中間地点の草木橋にたどり着いた!膝も痛くないし、ダム湖に吹く風が心地よい。ここからは原則下りのはず。まだ一度も歩いてねぇし!これは完走できそうな気がするぞ!


 国道122号に出る。富広美術館はるか手前で沢入(そうり)まで遠回りしてきた19kmの部の先頭ランナーに抜かれる。おそるべき速さ!

 みどり市最強観光スポット、富弘美術館の脇を進む。この辺は何度か車で通ったこともあるので、道の感じが分かっている。そういや2つトンネルがあるんだよなぁ・・・そういやトンネルの中を走るのも初めてだなぁ。

 残り3kmの表示を見たとき、これで絶対完走できるという自信が湧く。まだ膝も痛くならないし、多少の力は残っている。原則下るだけだし、これならきっと大丈夫。しかし暑い。残り1km、最初苦しめられた上り坂から、今度は下り坂になった急坂をペースアップして下る。

b0004675_14263852.jpg あずま総合公園に帰ってきた。場内アナウンスで気温は33℃と言ってるorz 真夏と同じじゃねぇか。・・・何とかトラブルもなく完走!しかも一度も歩かなかったぞ

 ゴールした後、ボランティアの地元中学生たちが健闘を称えてくれた。3年前ではこんな山岳系マラソンなんて狂気の沙汰だと思っていたのに、そんなオレでも完走できた。今回は今まで出たレースの中で一番苦しく、途中何度も歩いてしまおうかとも思ったが、そんな弱い自分に克ち、走り続けられたことが何よりの収穫。でも疲労困憊してNike+の計測を止めるんをしばらくの間忘れちゃったけど。記録証をもらう。1時間6分40秒。早くもなく遅くもない平凡なタイムだけど、十分満足!



b0004675_18455813.jpg 帰りはわたらせ渓谷鐵道のトロッコ列車を追いかけながら帰路へ。A師匠、オレの道楽につき合わせちゃってごめんなさい。


 星野富弘さんはこう言う。
 過去の苦しみが後になって楽しく思い出せるように、人の心には仕掛けがしてあるようです。
 富弘さん、マラソンはあんな辛かったのに、すぐ後にも楽しく思い出せるもんらしいやぃね。・・・しかし翌日午後から大腿とふくらはぎにまっさか筋肉痛が出てきましたよ。トシですなぁ。平地だけでなく、これからはヒルクライムも練習していかなくっちゃね。

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賞品の完走Tシャツ、これまでもらった中で一番ハイセンス!


第32回草木湖一周マラソン全国大会
12km男子40歳代の部
記録 1:06:40
総合順位 346/568位 種目順位 66/105


 これで東毛全市のマラソン大会を走破!さぁ次は何処だ!?
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by dr_suzuki | 2010-09-20 16:24 | 東毛(+両毛)漫遊 | Trackback | Comments(4)
2010年 09月 19日
2010 J2: 第26節 vs FC岐阜
b0004675_22585955.gifザスパ草津 2-1 FC岐阜

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逆転勝ち!
今日はお好み串/岐阜サポ様元気/試合開始
前半トホホな展開/お茶目なラフィー/次も勝つんべぇ!

 今日は午前中に、みどり市の「草木湖一周マラソン全国大会」に出場。炎天下の中、聞きしに勝るハードコースで体力をなっから消耗しちまったんに、夕方にザスパを観に正田スタへ。ある意味、なっから物好きタフだぃなぁ、オレ(笑)

 前半はまぁずトホホな展開で常澤の神セーブ連発で救われてたけんど、終了間際に失点。右サイドが全然ダメだったぃなぁ。後半は熊林のFK&ラフィーのゴールで立て続けにゴールを奪い逆転。相手に赤紙で退場者が出て、天敵・染谷を下げてくれたんも幸いしたぃねぇ。やっぱ熊林と松下が機能する試合は、おーか強ぇえやぃな。

 勝利は何よりの妙薬。でもできれば杉本に早ぃく初ゴールを決めてもらいてぇやぃね。

 現在16位 (7勝5分12敗;勝点26、得失点差-13)

【J2:第26節 草津 vs 岐阜】レポート:熊林親吾の1ゴール1アシストで草津が逆転勝利!1分間に2ゴールを挙げる怒涛の「湯畑フットボール」で岐阜をねじ伏せた。(10.09.20) (J's GOAL)
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by dr_suzuki | 2010-09-19 23:00 | ザスパ | Trackback | Comments(2)
2010年 09月 11日
上江田庚申塔 (太田市新田上江田町)
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上江田「庚申塔」 (太田市新田上江田町)

 いろんな神社・仏閣を巡ってると、そこには数々の石仏なんかがあるんが目につかぃね。ただ単に文字だけが彫られたもんや、なんかの仏様?が彫られたもんもあって、昔の人の信仰心や、素朴な中にも高けぇ芸術性が溢れたもんがあって、まぁず感心すらぃね。事実、人間が後世に記録を伝えるんは、現在でも「石に彫る」んが王道だしなぁ。

 前からお世話になってる「やまの町 桐生」さんに、「桐生の青面金剛(しょうめんこんごう)」とゆうページがあって、そのユニークな造形を楽しんでたんだけんど、オレも新田の神社仏閣で青面金剛像を目にすっと、都度画像に収めて提供・紹介させてもらってたんだぃね。

青面金剛はWikipediaによると
歴史的背景
道教では、人間の体内には三尸という3種類の悪い虫が棲み、人の睡眠中にその人の悪事をすべて天帝に報告に行くという。

そのため、三尸が活動するとされる庚申の日(60日に一度)の夜は、眠ってはならないとされ、庚申の日の夜は人々が集まって、徹夜で過ごすという「庚申待」の風習があった。
庚申待は平安貴族の間に始まり、近世に入っては、近隣の庚申講の人々が集まって夜通し酒宴を行うという風習が民間にも広まった。

庚申講の本尊である青面金剛の像容は、一面三眼六臂で、手足に蛇が巻き付く姿が一般的で、密教の明王像、特に軍荼利明王に通ずるものがある。

日本では各地に石造の庚申塔が多数遺り、そこには「見ざる、言わざる、聞かざる」の三猿像とともに青面金剛像が表わされている例が多い。
 棲んでた人間が早死にすっと、三尸は鬼になれるんで、なるべく早く宿主を死なせようとする・・・らしいんさね。有名な日光の三猿もこの思想に基づいたもんなんだんべねぇ。

『野仏の見方』p33 (2003)によると、
青面金剛は忿怒相(怒りの形相)で、六臂(腕が6本)で武器などを持つのが一般的。合掌女人(ショケラともいう)の髪を握ってぶら下げる。庚申の晩の男女同衾は禁忌事項。これを冒せば、子はどろぼうになる。そこで女性を懲らしめる姿を象徴的に描くとされる。鶏を配すのは鶏鳴または翌日の辛酉の日を待つの意。
 古りぃもんは青面金剛を模したもんが多かったんだけんど、民間に識字率が高まったり、制作コストを下げる意味も相まって、ただ石にでっかく「庚申」って彫ったもんとか、単に「青面金剛尊」とか、神道系だと「猿田彦大神」って彫ったもん(文字塔)が多くなってきたってことだぃね。今でも道っぱたに「庚申」って彫ってある石は良くみかけるんべ?

 そんな時、新田上江田に、なんと重要文化財に指定されてる「青面金剛」があるってゆうのをネットで知り、仕事行ぐ最中に寄ってみたで。場所は新田上江田交差点の西南角。
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青面金剛、キター!

 これはなんと3面!こんなんみたことねぇやぃね。普通、三面像は馬頭観音に多いらしいんだけんど、三猿がある場合は庚申塔なんだそうだぃね。
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現地説明板
 こうゆう信仰も地域で特色があって、例えば「双体道祖神」なんかは信州~西毛や北毛にはおーか多いけんど、東毛には少ねぇんだそうだぃね。あるいは「月待塔」(特定の月齢の夜に集まり、月待行事を行なった講中で、供養の記念として造立した塔)だと全国的には「二十三夜塔」が多いんだけんど、東毛辺りじゃ「二十二夜塔」が多いらしぃんさね。そこには片膝・頬杖をついた「如意輪観音」が彫られてたりして芸術性も高けぇやぃね。

 今後も東毛(+両毛)の特色ある野仏も蒐集、紹介してぐとすっか・・・またライフワークが増えちゃったぃなー(笑)

 上江田庚申塔(ちず丸リンク)

【参考文献】
『野仏の見方―歴史がわかる、腑に落ちる (ポケットサライ)』 外山晴彦 『サライ』編集部編 小学館 2003
 (↑コンパクトでビジュアル的にも優れた良書)

野仏の見方―歴史がわかる、腑に落ちる (ポケットサライ)

外山 晴彦 / 小学館


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by dr_suzuki | 2010-09-11 13:33 | 東毛(+両毛)漫遊 | Trackback | Comments(2)
2010年 09月 09日
鹿田赤城神社 (みどり市笠懸町鹿)
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鹿田赤城神社 (みどり市笠懸町鹿)・かつては「新田の三社」とゆわれた名社

 別名山際(やまぎわ)赤城神社。こないだ行った尾島の岩松八幡宮の説明板に、そこと市野井の生品神社、そしてここが、かつて新田の三社とゆわれていたと書いてあったぃね。オレがやってる「医療人のための群馬弁講座」の中の「上毛三山の神社をめっけるんべぇ」ってゆう企画で、2003年にここにちっと寄ったことはあったんだけんど、改めて猛暑の日曜午後、野球見物の後にやってきてみたんさね。
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 昭和の初めには、この神社には石原義令氏とゆう神官がいて、『鹿田の伝説』(1914;オレはまだ未読)を記したり、昭和初期の郷土史誌『上毛及上毛人』『毛野』『毛野時報』などに郷土史の論文を熱心に書いてるんさね。ちょっと前、神籠石のことで『毛野時報』を図書館で漁ってると、ほんと毎号、石原氏の書いた記事が載ってたんだぃね。かなりアクティブな方だったんみて。氏は、新田義貞公の討幕挙兵地を、この神社のちょっと南(小仁田)にある百品(いくしな)神社としたり、挙兵した義貞公はいったん北上し道帰山に陣を張ったとか考えてたらしいやぃね。まぁ当時の英雄である南朝の忠臣の関連の地を、地元に誘導しちまったんかもしんねぇけんど・・・後で百品神社にも行ってみなくっちゃなんねぇな。

 鳥居のそばにはキバナコスモスが咲いてたぃね。石段を上ると、そこが社殿。昔はさぞや風格があったんかもしんねぇけんど、隣の公民館の改修にあわせて外壁を工事しちゃったんだか、かつての新田の三社とゆわれた威厳が無くなっちゃってらぃねぇ。(社殿の外壁が白っぽいんはちっとなぁ・・・)

 神社の裏には鹿田山への踏み跡発見・・・ちっと惹かれたけんど、冬の散策の楽しみに取っとくんべ。
 
 鹿田赤城神社 (ちず丸リンク)

 ・・・東毛の赤城神社巡りでもまたやってみっかな(笑)

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by dr_suzuki | 2010-09-09 07:41 | 東毛(+両毛)漫遊 | Trackback | Comments(6)
2010年 09月 08日
桐生愛国飛行場跡 (みどり市笠懸町)
 以前、新田・市野倉の旧陸軍飛行場跡の記事を書いた時に、最後に「桐生愛国飛行場」とゆうのがあったと書いたら、quinoaさんからいろいろ教えてもらったぃね。

 「愛国飛行場」とは、1930年代以降の大日本帝国で献納された飛行場につけられた名称で、この辺りでは笠懸の久宮(くぐう)と鹿ノ川(かのがわ)にまたがる地区にあったんだけんど、戦争末期米軍の空襲で壊滅したんだそうだぃね。

 みどり市笠懸図書館でこの「桐生愛国飛行場」について調べてみたで。『笠懸村誌・下巻』(1988)に桐生愛国飛行場は約4ページにわたって記載されてらぃね。quinoaさんからご提供いただいた六区公民館落成記念誌『久宮村・桃頭村の歴史』(1990)には、その村誌を簡潔に要約した適度な長さの記事と字図の画像が載ってたんで、がんばって全文を打ち込んでみんべぇ。(数字と単位は半角に変換)下に図も引用。

桐生愛国飛行場
 久宮地区と鹿の川地区にまたがって広さ約50156坪(約165514㎡)の地に桐生愛国飛行場があった。これは昭和九年に造成に着手し、翌十年三月に国から非公式飛行場として許可され、使用が認められたものであった。この飛行場建設は桐生の森宗作(森喜作椎茸種駒開発者の父)が航空機の将来性に着眼し民間有志と共に航空事業に寄与したいとの念願から始められたものであった。ここに敷地が決まったのは森宗作氏の所有地がここの一部にあったことと、この事業に共鳴した当時の村長籾山邦衛氏(大字鹿の川)が、ここの用地の大半を所有していた等の事情から用地の取得が容易であり、付近には人家もなく特別な障害物もないなどの好条件からここに決定したといわれている。桐生には帝国飛行協会桐生支部があり、また市内にはグライダーの制作をしていた人もあり航空関係に関心を持つ人が多かったのであろう。
 この飛行場ではグライダーの滑空訓練から始まっていたようであるが段々軍事色が濃くなるに従って飛行学校生徒がフランス製アポロ式複葉機を使用して落下傘の投下試験やパイロット養成のための試験コースとして羽田、愛国飛行場間を飛んだりしたと言う。民間人の純粋な航空機に対する考えで発した飛行場であったが銃後に備える青少年の士気の高揚にと青少年学徒の連合演習場ともなった。
 終戦間際にこの飛行場が米軍機に空襲され格納庫が爆破され、隠してあった飛行機の一機が機銃掃射で完全に破壊され、飛行場とその付近は機銃弾の薬莢が散乱していた。先の大東亜戦争で空襲を受けたのは笠懸地内ではここ一ケ所であった。これによって飛行場の機能は完全に失われたのであった。その後この広大な跡地はしばらくの間放置され荒れるにまかせてあったが、やがて農地解放の結果11戸の農家が入植し、立派な農地に生まれ変わり、戦後の食糧不足を補うのに役立ったのである。この部落を人々は「就農」と今でも呼んでいる。

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 『鹿の川村伝記』(阿部悦男 1985)によれば、昭和9年秋に5万人を動員した陸軍の大演習があり、ここで最後の閲兵式が執り行われたとのことだぃね。

b0004675_17411148.jpg 掲載されてる字図の画像をみっと飛行場から東に行ったところの丁字路が現在のセブンイレブン久宮店の交差点にあたらぃね。右の画像は現在のセブンイレブン側からの道。この道の先にその昔愛国飛行場があったんだねぇ。
 
 今では、市野倉の飛行場と同じく戦後の開拓により、現地に桐生愛国飛行場の跡は見る影もなくなっちゃって、フツーの田舎の街並みになってて、画像に撮れるような戦争遺跡の画像もなく、ブログ的にもなんだかなぁと思って、すっかり「お蔵入り」記事になってたんだけんど・・・


 こないだネットをサーフしてて、とりさんのブログ「空港探索」の「群馬県・桐生愛国飛行場跡地」とゆう記事を偶然にも発見。そこに笠懸町鹿の「かどや公園」(旧・火鉢博物館)に「帝國飛行協會桐生支部」の石柱が保存されてるとゆうんには、まぁずびっくらこいたぃね。何度もそこの前を通ってるんに、全然知らなかったで!!

 そんなわけで早速、「かどや公園」に行ってみたで。あったで!石柱!

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「帝國飛行協會桐生支部」の石柱


 こんなもんが、ここにひっそりと保存されてたとは・・・きっとこの門柱は桐生愛国飛行場の中にあったもんなんだんべなぁ。笠懸の数少ねぇ戦争関連モノとしてしっかりと保存してってもらいてぇやぃね。

かどや公園 (Yahoo!ロコ)

※2012年7月追記
「かどや公園」は大きく整備されて、この石柱は公園東側の県道69号線沿い敷地内に移設されてるで。

【参考文献】
『笠懸村誌・下巻』 p272-275 笠懸村誌編集室 1988
『久宮村・桃頭村の歴史』 六区公民館落成記念誌 p57-58 1990
『鹿の川村伝記』 p116-117 阿部悦男 1985 (自費出版・みどり市立笠懸図書館献本)
『フィールドワーク 群馬の戦争遺跡』 p48 第10回戦争遺跡保存全国シンポジウム 群馬県実行委員会 2007
とりさんのブログ「空港探索」の「群馬県・桐生愛国飛行場跡地

【2015年追記】
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 みどり市岩宿博物館で、平成27(2015)年1月31日(土)~3月15日(日)まで、第59回企画展 『戦後70年 戦時下の記憶とくらし』 が開催され、桐生愛国飛行場の展示も行われてたんで、最終日の3月15日に行って見学してきたで。桐生愛国飛行場にあった飛行機の木製のプロペラが展示されてたぃね。(撮影禁止だったぃ)
 ついでに資料集を買ってきたんさ。東村防空監視哨跡 (みどり市東町花輪)の記事もあるほか、巻末に当時の桐生愛国飛行場の上毛新聞なんかの記事が載っていて興味深ぇやぃね。それにしても岩澤正作先生は、戦時供出される鐘の拓本を取ってたとゆうのは恐れいったぃなぁ。

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【参考文献】
 『戦後70年 戦時下の記憶とくらし』  p4-5 みどり市岩宿博物館 2015
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by dr_suzuki | 2010-09-08 17:48 | 東毛(+両毛)漫遊 | Trackback | Comments(8)