「ほっ」と。キャンペーン
<   2007年 12月 ( 9 )   > この月の画像一覧

2007年 12月 25日
鹿田山 (みどり市笠懸町鹿)
b0004675_2057463.jpgb0004675_2058061.jpgb0004675_2058137.jpg
b0004675_23362268.jpgb0004675_20584654.jpgb0004675_2059078.jpg
b0004675_20592149.jpgb0004675_20593448.jpgb0004675_20594979.jpg
林道山際・北口線「雷電宮入口」/石灯篭には寛政六寅年の文字が/舗道に出るが
上りきると「雷電宮」/尾根道の踏み跡と遊歩道/弥右衛門山山頂
清水新沼/ふれあいの場(!がついてる)/林道終点(後ろに未踏の登り口)


b0004675_2124211.jpg 今日は今シーズンの目標のひとつ、「笠懸の鹿田山縦走」に挑戦。鹿田山(左)は国道50号の鹿交差点の北西に見える山。ピークにその鹿田の名を持つ山がなくって、この丘陵全体を指す名称だぃね。たぶん明治以前の昔の鹿田村にあった山だからっつーことなんだんべね。(個々のピーク名は、以前吹上集会所前の案内板で調べたぃね。)
 鹿田山のことをネットで調べっと、上りきると平坦な連なりで山頂が良くわかんねんだそうだぃね。と、ゆーことで、今回の縦走の記録を取るために、GPS(Foretrex101)を携行。
 鹿田山の麓にある鹿田赤城神社の前を通って西へちっとんべ上ってぐと、林道山際・北口線の始点の標識があるんさね。ここを今回のGPSスタート地点に設定して、鹿田山縦走開始。林道だけんど、舗装道。しばらくすっと道の左に「雷電宮入口」の標があって、上り口の石段がめっかる。こっからやや急な山道を登ってぐと、2万5千分の一の地図で.232と記された「雷電山」山頂に行げるはずだぃね。入口には寛政六寅年の石灯篭もあって雰囲気十分だぃね・・・ってしばらく登ると・・・舗装道(*)に出た。そのまんま道の脇の石段からさらに山道を登ってぐと雷電宮到着。参拝の後、尾根部へ出て、東へ進み、縦走してぐことにする。
 ・・・が、踏み跡のある尾根道に沿って、やや北側にウッドチップを敷き詰められた幅1.5mぐれぇの立派な遊歩道がずっとできてるんさね。太田の菅塩や金山もそうだったけんど、東毛の丘陵地ってこーゆー道作るんが流行なんきゃ?踏み跡がついた山道のほーが趣あるような気がすんだけんどねぇ。
 そんな人造の道を避け、敢えて尾根道を辿り東へと進む。御嶽山と思われるピークを越す。本当に上っちゃうと起伏を感じねぇ尾根道なんさんね。東南角からやや北に上がったとこにある最高峰(といっても雷電山とは1m差の233m)の弥右衛門山へ。眺望は木立に阻まれ良くはねぇけんど、合間から笠懸の町並みが見えるんさね。こっから丘陵は更に北へと延びてるんで、以前行った建岩山や道帰り山まで一気に縦走すんべぇと意気込んで北へと進んではみたんだけんど・・・徐々に踏み跡がなくなってきた。倒木も多数。どうにか鶴山との鞍部を流れる沢を越えたところまで着たが、鶴山の麓の強烈な藪に前進を阻まれ、縦走は断念し無念の撤退・・・・引きっ返してぐと弥右衛門山の手前で、下への踏み跡があったんでそのまんま下りてぐと清水新沼とゆー農業用水の沼があったんさ。数年前に、だいぶこのあたりを整備したみてぇだぃね。でも整備された遊歩道を縦横にめぐらせなくっても自然と十分遊べると思うんだけんどね・・・散策にはいいかもしんねぇけんど「探検」に来るんが、ちっと遅かったみてぇ。
 沼を一周してから、鞍部を通る舗装道に出る。携帯の基地局のアンテナを眺めつつ、下ってぐと上の(*)の地点に出たぃね。なおもそのまんま下ってぐと、最初のスタート地点から東へ行った(短い)林道山際・北口線の終点と合流。良くみっと、その脇から御嶽山・弥右衛門山方面に行げると思われる石段の上り口を発見。次に鹿田山に来た時にはこっから登ってみんべぇ。

b0004675_212165.gif うちに帰ぇって来て、さっそく久しぶりにカシミール3Dで、今回のGPSデータを読み込んで分析してみたで。【右図は、カシミール3Dで国土地理院「ウオッちず」公開データに、今回のGPSデータを読み込んだものを引用】 ・・・久しぶりにやったんでやりかた忘れてたぃね。今回の踏破ルートは赤線。左下の林道始点から、縦走を断念したかわりに見事に1周しちゃったぃね。北側の沼のあるあたりも結構標高があるんで、そっからだと鹿田山は山じゃなくって丘ぐれぇにしかみえねんだぃね。南からみっと、立派な山に見えるんだけんどね。ふれあいの場!(駐車場もあり)からの散策をご希望の方は北側から、山をご希望の方は南側から攻めるんがいいんじゃねぇんかなと。東側からだと結構急みてぇだけんどどっかに上りっ口があるんかな?

b0004675_22585542.jpg
笠懸・西鹿田・大たんぼより鹿田山を望む(2007年2月6日)

[PR]

by dr_suzuki | 2007-12-25 21:07 | 東毛(+両毛)漫遊 | Trackback | Comments(6)
2007年 12月 19日
おかえり、シマ!!
b0004675_1336025.gifb0004675_15421319.gif おかえり!シマ!!

 よくぞまた草津に来てくれたで!今度ぁ、一緒にJ1に行ぐんべぇや!
 ・・・・島田のあのチャントがまた唄えるなんて・・・・・(感涙) 

 熊林、崔の両選手もようこそ! よろしくたのまぃ!

 ・・・・あぁ、今から開幕がすんげぇ楽しみだぃね!!!

草津 元韓国代表・崔成勇獲得
J2草津は19日、元韓国代表MFで神戸や横浜FCに在籍した崔成勇(31)仙台のMF熊林親吾(26)を獲得したと発表した。大宮のMF島田雄介(25)は1年間の期限付きで加入する。崔は1998、2002年のワールドカップ(W杯)代表になった。(Sponichi Annexより引用)

[PR]

by dr_suzuki | 2007-12-19 15:36 | ザスパ | Trackback | Comments(2)
2007年 12月 18日
小丸山 (太田市緑町) ~ 難攻不落の小丘
b0004675_2142392.gif 「萩原・鹿島宮の山(仮称)」から下りてきて、南に目を移すと、県道の向こうに「小丸山」が見える。事前の調査では、地図上では標高75.5m。(右図は国土地理院地図閲覧サービスより引用;図中の上が丸山、下が小丸山)

 近づくと、ぱっと見、西側の小丘陵とあわせて、前方後円墳のような、あたかも古墳みてぇにみえるんだけんど、群馬県文化財情報システムでは古墳としては登録されてねんさね。こりゃ隣の丸山と同じく、低くって平ったぃんだけんど立派な独立丘なんだんべね。


b0004675_23175051.jpg
b0004675_21461589.jpgb0004675_2146274.jpgb0004675_21463718.jpg
北西側から/東側から/南東側から

 ならばいっちょ登攀を試みんべぇと、周回してみたんだけんど・・・・周囲は要塞のように強烈な竹藪に覆われ上れそうな場所なし。南側から強引に行げば行げそうだけんど、またもドロボウ草がわんさかで、その実をまたも大量に被弾するのは避けてぇ(笑)んで、ヘタレなオレは登攀断念。一応「東毛漫遊山歩き」に加えたけど、こんな低きぃ山なんに初めて未踏峰を追加なんが残念だぃね。
b0004675_23191497.jpg
ちっとんべ離れたとっから、建設中の北関東道と丸山(左)と小丸山(右)のショットを撮影。

b0004675_23215732.jpg その後、雷電山に登れなかったんで麓から雷電神社へ参拝。そっから支脈の東側に沿って車を停めさせてもらった金山の森キャンプ場まで歩って、帰ぇってきたんさね。ちょうど支脈を一周だぃね。いやー結構なウォーキングになったぃね。 (本日の漫遊;了)

小丸山遺跡 (太田市教育委員会HP)
金山の森キャンプ場 (ちず丸リンク)
[PR]

by dr_suzuki | 2007-12-18 22:01 | 東毛(+両毛)漫遊 | Trackback | Comments(4)
2007年 12月 18日
鹿島山 (太田市吉沢町)
シーズン前にいくつか八王子丘陵の未踏峰を調べてみたんさね。やっぱオレは旧新田郡の人間なんで、旧山田郡地域の山にはあんま登ってねんさね。

b0004675_21194582.jpg 昔、紹介した昭和11年発行の「毛野時報」に載ってる新井信示氏による「八王子山脈縦走記」は、県道足利伊勢崎線あたりの新田山田郡界の稜線から縦走が始まってるんだけんど、現在その稜線付近は、今、来春の全国都市緑化ぐんまフェアに備えて太田市がサテライト会場としてシバザクラの公園を急ピッチで作ってるんで立派な取り付け道路が作られてらぃね。なんで、そっから東側の旧山田郡側を地図であたってみっと、旧郡界からすぐ東の萩原地区の鹿島宮の裏山が、鳳○ゴルフ場に飲み込まれることもなく円錐形の良い形で鎮座してることがわかったぃね。(鹿島宮は右下図の鳥居:国土地理院地図閲覧サービスより引用) 標高約130m、山の形もいーんで、きっと地元では名のある山かもしんねぇし、富士塚になってて頂上に祠もいっぺぇなんじゃ?ってことで、ここにターゲットを絞っておいたんさね。実際に峰山付近から眺めっと、建設中の北関東道の北に低いながらもカッコよくそびえてらぃね。(左画像の中央の山)

b0004675_21183557.gif 県道を渡り、とぼとぼと新田堀沿いを歩ってぐと、地元の方がいらっしゃたので「鹿島宮のある山の名前は何ですか?」と尋ねるが「・・・・知らない」との話。他の方にも伺うがやはり「・・・・わからないね」との話。地元では名称を気にせずただ単に「鹿島宮の山」ってゆってんのかな?萩原にあるから「萩原山」なんかな?地元でもあんまり重要視されてねんかね?

 ※一応、記事にするにあたり「萩原・鹿島宮の山」(仮称)って名前にしとくんだけんど、もしこの山の正式名称をご存知の方は教えてくんなぃ!家に帰ぇってきてから、図書館に行って、「郡村誌」や「山田郡誌」を調べたんだけんどもわかんなかったぃね。(→一番最後に解決の追記あり)

 鹿島宮に到着。参拝したあと、社殿の東側からわずかに踏み跡があったんで、頂上を目指す。最初は笹薮だったが徐々に上りやすくなってきた。円錐形の山なんで、まぁそこそこハード。数分で頂上到着・・・・が、山名標も祠もなんもなし。実にさびしい。何かあるんじゃねんきゃ?っつー予想は見事に外れ。眺望もほとんどなく、北をみるとゴルフ場のコースが木立の合間から見えるべぇだぃね。仕方がねんで、そこそこに下山・・・が落ち葉のシーズンで、帰り道を完全ロストしちまった。今日はGPS持ってきなかったんで・・・・まいったね。方角を確認しつつ笹薮を強引に突っ切ったら・・・あれれ??社殿の西側に出たぃね。まぁなんとか無事帰ぇって来たから良かったぃね。(つづく

b0004675_2120967.jpgb0004675_21202586.jpgb0004675_21203838.jpg
鹿島山/鹿島宮鳥居・奥に社殿/さびしい山頂

b0004675_13522784.jpg
南より鹿島山を望む


【重要な追記:2009年2月】
太田市教育委員会文化財課で「太田市地籍集成図」(昭和63年)を閲覧させてもらったんさね。
・・・この山のほぼ全域が「鹿島山」という小字になっていたんさ。よってタイトル等を「鹿島山」に訂正したで。
[PR]

by dr_suzuki | 2007-12-18 21:36 | 東毛(+両毛)漫遊 | Trackback | Comments(0)
2007年 12月 18日
金山の北の支脈を歩く ~ 強戸口の山々 (太田市強戸町)
 冬とゆーことで、帰ってきた東毛漫遊山歩きシリーズ開始。2007年シーズン最初とゆーことで、今まで未踏峰で、おまけに新田山田郡界ならなおよかんべっつーことで、太田金山(かなやま)の北の支脈、強戸口の山々を狙ってみたぃね。

 太田市のHPで、こんなページをめっけたぃね。この北の支脈、越々(こしごえ)山、雷電山、峰山なんてピーク名もあるじゃねぇきゃ!ぼっとかすっと、前、金山でめっけた郡界石なんてゆーのもあっかもしんねぇな。しかし気がかりなんはネットで調べても、これら山々に関する情報が、これ以外一切得られねぇことだぃね。まぁ低山とゆーか丘みてぇなもんだから、登山の対象になってねんかもしんねぇしな。

b0004675_17365631.jpgb0004675_17371161.jpgb0004675_17372830.jpg
 期待に胸を膨らませ、金山の森キャンプ場に車を走らせる。冬季で駐車場が閉鎖されてて面くらったけんど、管理人さんにお願いして管理棟の近くに駐車させていただいたぃね。>あんがとね。

 北に本日の目標の越々山が見ぇる。よし!目標はこっから!・・・・と道を西側から周回しつつ、上り口を探したら、めっかんねぇ。鶴巻地区を歩ってる途中、地元の方がいらっしゃったので、ご挨拶し、越々山に上れそうな場所を聞く。教えられたとおりに、沢沿いにある墓地の脇から笹薮を急登してみる。

 山だと思ってたんだけんど・・・・眼前に広がった光景は・・・・

b0004675_2351972.jpg
・・・( ゚д゚)・・・なんなん!?

b0004675_17403985.jpgb0004675_17405090.jpgb0004675_238478.jpg
b0004675_2382980.jpg
山がものの見事に削平されてらぃね・・・・

 なっから広ぇ平坦な土地!!サッカー場が4~5面も取れるんじゃねぇん?なんとなく昔、仮面ライダーがショッカーと戦うロケ地(怪人は必ず爆死しちゃうんだぃね)の風景を思い出したぃねぇ。削られたところは、きっと近くで急ピッチで建設中の北関東道の土台の盛り土にしたんだろうけど・・・・太田市のHPってこの工事の前の発掘調査のページだったんだなorz 平坦地の縁を周回しながら、雷電山方面に向かったんだけんど、見渡すと雷電山山頂方面にも工事が及んでるみてぇだぃね。もう越々山も雷電山もきっと山頂がなくなっちまったんだんべねぇ。しかし、ここ、ほんとなっから広ぇし、しかも下ろうにも下りられそうなところねぇし。すっかり不安になっちまったぃね。ここは将来、宅地や工場用地にするんかな?工事車両も一台もみあたんなかったけど、勝手に徘徊しちゃって、工事関係者の人、ごめんなさい。

 歩ってぐと途中で峰山方面に昔の舗装道の跡をめっけたんで、これ幸いにと辿ってぐ。やっと平坦地を脱出。峯山は山頂付近に霊園施設があるためなんか、まだ山の形をとどめてたぃね。峰山白山神社も発見。
 次に峰山の西にある、この地域の最古の古墳のひとつに挙げられてる丘陵突端部に築かれた前方後方墳「寺山古墳」(リンク先は太田市教育委員会HP) を目指してみたが、途中ドロボウ草の総攻撃を受けて、衣服や手袋がおーか大量に「被弾」。見物をあきらめ無念の退却。(→ドロボウ草の実を取るのにすげぇ時間を要したぃね) 同時期といわれる成塚向山古墳が、高速道路の工事で壊されちゃった今、寺山古墳はぜひとももっと整備してほしいねぇ。

 しっかしこんなんじゃ今日は結局、山歩きにも古墳探索にもなんねぇなー。・・・とゆーことで、もしもの保険に、地図上でめっけて狙いをつけていた、もうひとつの山にアタックすることにしたぃね。(つづく

b0004675_1747546.jpgb0004675_17471931.jpgb0004675_17473379.jpg
b0004675_1748155.jpgb0004675_17481388.jpgb0004675_17482736.jpg
峰山白山神社/峰山山頂付近?/寺山古墳のある丘陵より峰山
寺山古墳のある丘陵/山頂を目指すもドロボウ草の実を大量被弾/西の田んぼ中より寺山古墳のある丘陵

b0004675_2313814.jpg
集会所隣の石仏たち

 強戸口遺跡群 (太田市ホームページ)
 寺山古墳 (埼群古墳館)
[PR]

by dr_suzuki | 2007-12-18 18:22 | 東毛(+両毛)漫遊 | Trackback | Comments(0)
2007年 12月 16日
成塚稲荷古墳 (太田市成塚町)
 先日、すんばらしい古墳巡りのサイト、「埼群古墳館」さんと相互リンクする栄に預かったぃね。群馬のみならず、関東一円の古墳が網羅されてるすんげぇサイトさね。その中で実家のある太田市の項を見っと、成塚古墳群の中に、成塚稲荷古墳っつーのをめっけたぃね。あれ?ここは良く遊びにいったで。アケビがなってて食ったことあるなぁ。あそこは古墳だったとは・・・・小学校の時は、ここがなぜか持久走大会の会場で、周囲の吹きっつぁらしの荒涼とした田んぼの中を走らされたんだっけなーと思い出し(おまけに苦しかった「や」な思い出しかねぇし)、今日太田に行ぐ用があったんで、実に30年ぶりぐれぇに訪れてみることにしたぃね。

 で、行ってみた。が、周囲に住宅がいっぺぇ建ってて、往時の面影はなっから失われてらぃね。(昔のイメージで探してたらめっかんなくて、右往左往しちまった。) 稲荷神社社殿が墳丘の上に建てられてるみてね。前方後円墳だそうだけんど、はぁとてもそんな風にはみえねぇね。

b0004675_20314243.jpgb0004675_20315337.jpgb0004675_2032359.jpg
墳丘を北東から/稲荷神社社殿/墳丘を北西から

 「成塚」っつー名前からもわかるように、この辺にはたくさん古墳があったらしい。(でもオレが子供の頃には、はぁ殆ど残ってなかったんだけんどね。)「埼群古墳館」によると、「成塚古墳群は、上毛古墳綜覧で41基、その後の調査で71基が確認され、埴輪を伴うものが多いことなどから6世紀末を全盛とする古墳群と推定されています。現在は宅地開発などで、墳丘が現存するものはわずかです。」とあらぃね。

b0004675_20312583.gif 今の200円切手って見たことあるんべ?約30年前からほぼずっと同じデザインの埴輪の切手だぃね。(左画像は「日本郵政」のHPより引用) この切手のモデルの埴輪は、たぶん東京国立博物館にある国宝の武人埴輪(挂甲の武人:太田市飯塚町の出土)なんだけんど、伊勢崎市相川考古館にもほぼ同形の武人埴輪、国指定重要文化財「武装男子立像」が所蔵されてて、(どこの古墳からかはわかんねぇけんど)ここ成塚から出土されたもんなんだぃね。

 この武人埴輪の切手が発行された当時、郷土史好きだった中学生のオレはなっから感動して、それを誇りにしてたもんだぃね。今でも「埴輪萌え」や「古墳萌え」してんのは、こーゆーことがベースになってるんだんべなぁ。

※12/17、武人埴輪の事実誤認部の表記を一部訂正。

稲荷大明神(成塚稲荷古墳) (Yahooロコ)

b0004675_11303313.gif

【2013年2月追記】
近くにいったんで、改めて画像を撮ってきてみたで。(「疱瘡神」をめっけにいったんさ・・・わかんなかったけんど)
b0004675_162629.jpg
社殿

b0004675_16205.jpg
墳丘を北西から

b0004675_1615738.jpg
墳丘・末社多数


b0004675_18175477.jpg【な】 成塚の地名にのこる古墳群

『強戸かるた』 強戸地区青少年健全育成推進会議編 (1987)



[PR]

by dr_suzuki | 2007-12-16 20:51 | 東毛(+両毛)漫遊 | Trackback | Comments(1)
2007年 12月 11日
朝子塚古墳 (太田市牛沢町)
b0004675_22113970.jpg
b0004675_13573437.jpgb0004675_15393390.jpgb0004675_15395446.jpg
朝子塚古墳 (県指定史跡:太田市牛沢町)全景
南から/後円部上の社/354号より

 サッカーのシーズンも終わったんで、また東毛の山や古墳巡りを再開してみっかと思ってらぃね。(夏はマムシとか蜂とかが怖ぇんでもっぱら冬場に訪れることにしてるんだぃね。)で、久しぶりの「東毛の古墳」シリーズ。
 
b0004675_13561676.jpg 朝子塚古墳は「ちょうしづか」と読むんさ。太田市牛沢町の国道354号の牛沢住宅入り口にある全長約124mの前方後円墳。後円部が、直行するように国道と住宅への道で削り取られてるんだぃねぇ。おまけに前方部と後円部の境を切り通しのように強引に国道への道路を作ろうとした形跡があるで(今も自転車なら通れそうだぃね)

 後円部丘上へと続く階段前には注連縄もつけられてるんさ。まぁ古墳なんでわけなく、墳丘上へ。上ると(地図上は雷電神社の)社と木製のベンチがあらぃね。このあたりはこの古墳のほかにも、高林古墳群って、たくさんの古墳があった(がんセンターの東側にいくつか残存)んだそうだけんど、宅地化で造成されて、今ではあんま残ってねぇそうだぃね。354号も北側にバイパスができたけんど、もし今の国道を拡幅されてたら、完全にこの古墳はなくなっちゃったんべねぇ。

 古墳の全景って撮るのまっさか難しいなぁ。28mm広角のレンズがあるデジカメがほしいな。

 朝子塚古墳 (ちず丸リンク)
 朝子塚古墳 (太田市教育委員会HP)

b0004675_11311711.gif

【2010年4月13日追記】

桜の朝子塚古墳の画像を載せとくね。

b0004675_2214841.jpg
b0004675_22142168.jpg

[PR]

by dr_suzuki | 2007-12-11 16:05 | 東毛(+両毛)漫遊 | Trackback | Comments(2)
2007年 12月 03日
オレの2007年ザスパ草津観戦記録
b0004675_1336025.gif 今年もオレの観戦記録をまとめてみたぃね。
 観戦できたんは天皇杯を含めて、以下の13試合。水曜日・土曜日が仕事なんで、こんなもんかね。今年観戦したJ2リーグ戦は、2勝4敗6分。天皇杯を含めて、アウェイ戦は2試合しか行げなかったぃね。
 第6節が終わって暫定4位になった時、「こりゃ入れ替え戦にでもなったら、仕事休んでも行ぐべぇ!」なんて妄想してたけんど・・・・・結果は11位だったぃね。来年こそは連勝もして、まっと高ぇ次元に行ぎてぇねぇ。
 今年のオレ的ベストマッチは、第48節vs東京ヴェルディ1969@松本アルウィン!念願の美しいアルウィンを訪問できたし、そしてドローだったけんど、シビれる試合展開に酔いしれ、なっから感動したんさね。あんなスタジアムがどーして群馬にはねんだか・・・と、こないだの群テレで最終戦の白斑の芝生の敷島をみて一層思っちまったぃねぇ。

【オレの2007年ザスパ草津戦観戦記録】

 J2 第1節   ● 0-5 東京ヴェルディ1969 3/4 国立競技場(A)
 J2 第2節   △ 0-0 徳島ヴォルティス  3/11 敷島陸上(H)
 J2 第12節  ○ 2-1 コンサドーレ札幌  5/3 敷島陸上(H)
 J2 第18節  ○ 1-0 水戸ホーリーホック  5/26 熊谷陸上(H)
 J2 第23節  ● 0-2 セレッソ大阪 6/24 敷島陸上(H)
 J2 第25節  ● 0-2 愛媛FC 7/1 敷島陸上(H)
 J2 第28節  ● 0-1 湘南ベルマーレ  7/14 敷島陸上(H)
 J2 第34節  △ 1-1 モンテディオ山形  8/16 敷島陸上(H)
 J2 第37節  △ 2-2 サガン鳥栖 8/30 敷島陸上(H)
 J2 第39節  △ 0-0 徳島ヴォルティス   9/5 敷島陸上(H)
 J2 第48節  △ 2-2 東京ヴェルディ1969 10/28 松本・アルウィン(H)
 天皇杯4回戦  ● 1-3 名古屋グランパスエイト 11/4 名古屋・瑞穂陸上(A)
 J2 第50節  △ 2-2 セレッソ大阪 11/18 敷島陸上(H)

 来年はJ2に昇格した岐阜・熊本や、東京VがJ1に戻っちゃったんで、東京見物のかわりに、今度ぁ横浜見物っつーことで横浜FCを中心に観戦計画を練って行ぐことにすっかね。3回戦制になるみてぇだけんど、中立地でってことになっても鹿児島鴨池とか北海道はカンベン(笑)ね。でも沖縄なら・・・・!(笑)

【おまけ】
 JFL 第1節 アルテ高崎 1-0 ガイナーレ鳥取 3/18 高崎浜川 (→これがアルテ高崎の今年唯一の勝利)
 JFL 第8節 栃木SC 0-1 FC岐阜 4/29 足利陸上
[PR]

by dr_suzuki | 2007-12-03 21:11 | ザスパ | Trackback | Comments(4)
2007年 12月 01日
J2 第52節 vs 京都サンガF.C.
b0004675_1336025.gifザスパ草津 1-1 京都サンガF.C.

 仕事で行げず。土曜の12時キックオフとゆーのはいかんともし難ぇやぃね。泣く泣くFMぐんまを聴くっきゃねぇ。(FMぐんま、最後の方はジッキョーじゃなくって、ゼッキョーべぇで試合がどうなったんだかよくわかんなかったぃね。)
 PKを本田が止め、最後に同点に追いついて、今季21回目のドロー。目の前での胴上げも阻止。これで10位になれればよかったんだけんど、アジアチャンピオン(笑)の愛媛は負けてくんなかったぃね。今夜の群テレの中継録画を楽しみにみさせてもらうとすっかね。

 佐藤、松浦、マーロン、里見、中井、奥山の6名の選手たち、ザスパのためにあんがと。
 松浦、里見は個人的に期待してたんで、おーか残念だぃね。
 マチャは、オレが観にいった試合は不思議とゴールを決めてねんさね(笑) 一番印象深ぇのは、2004年の都田でのゴールならなかったヘディングシュートかな。でもザスパをJに導いてくれて本当にあんがとね。

 選手、スタッフ、サポの皆様、おつかれさんでした。また来年もがんばんべぇや!
 
 2007年 11位 (7勝21分20敗;勝点42、得失点差-29) 

【J2:第52節 草津 vs 京都】草津レポート:草津、執念の同点ゴールでドローへ持ち込む。「草魂」がある限りチームは強くなる! [ J's GOAL ]
[PR]

by dr_suzuki | 2007-12-01 14:30 | ザスパ | Trackback | Comments(5)