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2007年 02月 25日
佐野の「いもフライ」
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いもフライ(3本200円)
どまんなか たぬま/いもフライの屋台/いもフライ、いただくで

 今日はちっと寒かったぃねぇ。天気もいんで、両毛地区、栃木県の佐野方面へ行ってみたで。足利から国道293号を通って佐野市へ。旧安蘇郡田沼町の道の駅「どまんなか たぬま」に寄ってみたで。
 「どまんなか」は、旧田沼町が日本列島の北端と南端、それに日本海側と太平洋側の各点から等距離にあたる地点があるっつーことでついたんだそうだぃね。県道沿いにあるんだけんど、自動車がひっきりなしに来て、農産物コーナーはなっから大賑わってたぃね。敷地内には子供の遊べるところもあるし予想外にいい施設だぃね。東毛の平野部にも、道の駅作りゃいんにねぇ。
 ネットで予習してたんで、まずはここの名物?のジェラードを食ってみたんさ。何種類もあったけんど、オレは「わさび」をチョイス。あんま甘くなくってさっぱりしてうまかったぃね。

 さてさて佐野のローカルフーズといえば、ラーメンと並んで「いもフライ」。「いも」はジャガイモだぃね。両毛のローカルフーズには桐生の子供洋食やポテト入りや焼きそばやらポテトベース+ソース味のもんが多いねぇ。実は東毛でも、○りせんや、○ジマートで、いもフライ買えるんだけんど、さすが本家佐野、いもフライの幟を立てた屋台が出てたで。揚げたてをいただく。3本200円也。うまかったよ。
b0004675_225960.jpg よくみっと、「みそおでん」や「焼きまんじゅう(右図→ただし店は休みだったぃね)」など、一見すっとここは群馬じゃねぇんきゃ?と見まごうばかりのもんが(笑) 群馬弁講座の掲示板で「『甘味噌ダレ+ゆで蒟蒻』の『みそおでん』があるんはどこまで?」ってネタがふられたけんど、少なくとも佐野市までは「みそおでん」も、そして「焼きまんじゅう」もあるんみてぇだぃね。(『みそおでん』の範囲はいったいどこまでなんかねぇ?) そーいや、農産物売場に両毛の野菜?「かき菜」も売ってたぃねぇ・・・・

 ドライブしながら帰途へ。群馬の県道と比べっと、栃木の県道はまっさか広くって走りやしぃね。隣県なんにどうしてこうも違うんかねぇ?

 どまんなか たぬま 関東「道の駅」 (国土交通省 関東地方整備局)
 いもフライ (佐野市観光協会)
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by dr_suzuki | 2007-02-25 22:30 | 東毛(+両毛)漫遊 | Trackback | Comments(8)
2007年 02月 24日
やるねぇ、桐生タイムス!
b0004675_1336025.gifb0004675_22431276.jpg 桐生広域圏で広く読まれてる夕刊紙、「桐生タイムス」。
 今日は1面以上使って、ザスパの特集だで。
 植木監督や選手たちのインタビューもあるし、第一クールの試合の見所まで載ってるんさ。まっさか充実の内容。なっからがんばってるねぇ、タイムス。東毛でまっとサポが増えるといんねぇ。

 今日は武尾新社長も決まったぃね。上毛新聞もますますがんばってくんなぃ!
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by dr_suzuki | 2007-02-24 22:35 | ザスパ | Trackback | Comments(0)
2007年 02月 18日
PSM vs アルビレックス新潟
b0004675_1336025.gifザスパ草津 1-1 アルビレックス新潟

 残念ながら私用で観戦でぎなかったぃね。・・・・・今も実は仕事中なんさ。
 なかなか楽しい試合だったんみてね。今シーズンは期待していんかな?

 観戦した皆さん、ごくろーさんでした。
 オレは明日夜の群テレの録画で楽しませてもらうとすんべ。

【プレシーズンマッチ:草津 vs 新潟 レポート】草津、J1新潟相手に殊勲のドロー。新潟は決定力不足に泣く。 [ J's GOAL ]
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by dr_suzuki | 2007-02-18 22:13 | ザスパ | Trackback | Comments(4)
2007年 02月 13日
再び北金井へ ~ 唐澤峠を目指す
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北金井旧マイクロウェーブ中継所

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中継所への登山道は車両通行止/分木山付近/遠く足利への眺め
無線で位置伝送もやってみた/『山田郡誌』(昭和14年)に記載のある「集塊岩」?/中継所付近より西側
慈眼寺沢(妙智沢)と堤/砂防ダム、右に「浅間山」/浅間山山頂の石祠

 東毛低山の旅、今回は前回時間がなくって行げなかった「唐澤峠と分木山」を目指す。
 北金井の分木(ぼんぎ)山には、北金井と旧山田郡吉澤村を結ぶ唐澤峠という峠道があったそうだぃね。今は正確な位置がわかんなくなっちゃったんだけんど、げきさかさんの緻密な分析で大体の位置が判明してるんさね。こちら。この地点に行ぐには、北金井側の旧峠道と推定される道は今は鳳凰ゴルフ場になってて、現在山頂にあるマイクロウェーブ中継所への作業道を利用する。この中継所は昔は群馬と栃木を結ぶ重要なテレビの中継回線を担っていたらしいんだけんど、今は光ファイバーなどの発達で使われなくなったと聞かぃね。20世紀の近代化遺産のひとつともゆえらぁね。

 今日はちっとんべ家を出発するんが遅くなっちまって、9時過ぎに「かまぼこ兵舎」の脇に到着。中継所の入口の道は、車止めがあらぃね。若ぇ頃は車で何度かいったことがあるんだけんどね。まぁ、今日は最初っから歩ってぐつもりだったんで、ちっともかまわねぇけんどね。たまたま作業道入口で木の伐採に来たという軽トラのおじさんにいき会う。「歩ってぐんかぃ?上の方は薮べぇで、おーか大変だで」とご忠告を頂戴しちまった。
 車をかまぼこ兵舎の脇に停め、GPSや無線機で武装してると「調査かなんかで来たんかぃ?」とご老人に声をかけられる。そういえば来る途中、車で彼の脇を抜いてきたけんど、「こんな山奥まで何しに?」と聞くと、ご老人は「散歩だよ」と、にこやかに答えられたんさ。オレが旧強戸村出身だとゆうと、同級生の名を聞かれたんで答えると「知ってるよ」と相好を崩され、いろいろなことを教えてくれたぃね。「北の山の名は、高坪山という。東西の2つの高いところは西高坪、東高坪と呼ばれている。かまぼこ兵舎の裏のいちばん高いところは、西高坪だ」「山の中には桐の木がたくさんあって、昔はそれで「琴」を作った」「この沢は慈眼寺沢と説明板にかかれてるが、昔は「妙智沢」といった(→郡村誌にこの小字名の記載あり)。昔々沢の奥にお寺があって、今は麓に移ってきて妙智山慈眼寺になった」「中継所の山は名は良く覚えていない。(分木山ですか?)そんな名前だったかもしれないね」「堤の東の円錐形の山は、このあたりで浅間(せんげん)山といって昔、富士講が盛んだった。山頂には昔、宮がたくさんあった。上ってみな。」・・・などなど、御歳87とゆう、このご老人は、今までいろんな資料をあたってもわかんなかった八王子丘陵の謎のいくつかを解き明かしてくれたぃね・・・・もしや八王子丘陵の神様がオレに遣わしてくれた、仙人様だったんじゃねんきゃ?(笑)

b0004675_20511482.jpg ご老人に丁重にお礼をゆって、作業道を山頂へと急ぐ。最近は上る人もいねぇせいなんか、アスファルトもはげ、ちっとんべ荒れ気味。途中、黄色い杭で新栃木線124,125号への案内がある作業道が分岐するけんど、そのまんま上る。しばらくすっと伐採作業中のさっきの軽トラのおじさんにいき会ったんで挨拶。中継所のある山頂付近になるとさらに薮気味。あんま急な勾配もなく、無事中継所(右下図中の赤ルートの下のフラッグ)に到着。げきさかさんの話では、このあたりが「唐澤峠」のはず。ガードレールを越えて、「唐澤峠」付近を更に探索することにした。薮漕ぎ覚悟で尾根に乗り出し、ちょっと下へおりると・・・・なんかすげぇ道いーぞ。超楽ちんだぃね。まるで籾山峠西のハイキングコースみてぇだ。道を進むと、さっき分かれた124号鉄塔への作業道へのT字路にぶち当たっちまった。鉄塔探索が目的じゃねんで引き返ぇす。どーやら整備もされたばかりのこの道は、新栃木線124号から125号への作業道みてぇだな。この道が分水嶺上を東へ伸びてるんで進んでみる。

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 この小道をちっとんべ下ると『山田郡誌』に記載のある「集塊岩」?と思われる岩を作業道の小道脇(右下図中の赤ルートの上のフラッグ;北緯36度21分10秒19,東経139度21分25秒92)に発見!
『山田郡誌』には
唐澤峠 毛里田村大字吉澤字唐澤より新田郡強戸村大字北金井に通ず、この峠の西北約百米の分水嶺上に集塊岩の露出を見る。
とあるんさ。)となると、やっぱりあの中継所付近が峠だったんかねぇ。でもこの辺の谷おーか深いんだけんど、こりゃ上るんも下るんも大変だったんべなぁ。(ちょうどここを下ったところにちょうど渡良瀬川の渡しがあって足利方面へのアクセスに利用されてたらしいんさ。)次のピークまで行ってみたが、125号に行ぐんが目的じゃねんで、引き返ぇすことにした。再び無線中継所まで上って、あたりを散策。分木山についてはどこなんだか確信が持てなかった。やって来た作業道を下る。

堤んところまで下って来っと、10時過ぎ。はぁ帰ぇるかなと思ったけんど、あのご老人が教えてくれた「浅間山」が眼前に聳え立つ。
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 わかりました、仙人様。これも何かの啓示。上って確かめてやるんべぇや!・・・・と2つめの堤の堰を渡った西側より浅間山にアタック開始。さすがに円錐形の山、しかも登山道なしの薮漕ぎなもんで、標高(約160mほど)以上に、なっからきつかったぃねぇ。

 山頂に近づくと岩場。こりゃ富士講の舞台に十分だぃねぇ。山頂には風化して年代も読めねぇ石祠がひっそりと鎮座してたぃね。
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 手を合わせ、下山。途中、急な斜面、2度も足を滑らせたぃね。仙人様、仰せの通り修行してきやした。(右下図中の右図のオレンジのルート、フラッグは石祠)また山でいき会えたら、いろいろ教えてくんなぃね。

・・・・しっかし、今日は杉の花粉が飛び始めたみてぇで途中くしゃみが何度も出たで。こりゃオレの今シーズンの山歩きもそろそろおしめぇかね?

b0004675_210171.gif 【右図は、カシミール3Dで国土地理院「ウオッちず」公開データに、今日のGPSデータを読み込んだものを引用】



【参考文献】
 『山田郡誌』 1939
 『山田郡誌』にみられる昔の峠道と唐澤峠の場所について (電撃!激坂調査隊が行く‐東上州ヒルクライム日記‐)
 須田茂、「連載 群馬の峠を歩く 菅塩峠から、鞍掛山越えの道へ」 、p54-57、月刊『上州路』、2006年8月号、あさを社

【重要な追記:2009年2月】
「分木」の位置を確認してぇと思って、太田市教育委員会文化財課で『太田市地籍集成図』(昭和63年,1988)を閲覧させてもらったんさね。これには「小字」が地割と共に詳細に記載されてたぃね。
で、「分木」の位置だけんど・・・中継所北の集塊岩へ下りる小丘~中継所までは「東高坪」、中継所から鳳凰ゴルフのクラブハウスまで「大石ケ入」「分木」「五反歩」と小字が続く。「分木」はというと、ちょうど駒形神社から東へ伸びる集落「鎌井戸」から上った尾根のあたりだったようだぃね。(中継所より南に位置。オレたちが考えてるよりまっと南にあった。現在はゴルフ場の中と思われる。なんで、この記事のタイトルから分木山を削除したで)
ちなみに「西高坪」は鷹巣山の北金井側の東南面からキャンプ場付近を指すみて。北金井最深部の山々を村からみて高坪山と呼んでいて、堤からみて東南限を「東高坪」、西南限を「西高坪」と呼んでたんじゃねんか・・・と思う。
仙人様の教えてくれた浅間山の北面は「丸山入」という小字名なので、この山は「丸山」でもいいかもしんねぇね。

郡村誌の分木山は以下のように記載されてるんさね。
分木(ボンギ)山
髙七拾五丈、亦八王子山ノ一峯ナリ、村ノ東方ニアリ、東方丸山吉沢ノニ村ニ属ス、麓松及ビ雑木ヲ生ス、登路三町廿間字分木ヨリ上ル

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by dr_suzuki | 2007-02-13 19:33 | 東毛(+両毛)漫遊 | Trackback | Comments(4)
2007年 02月 12日
東武動物公園
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ハイブリッド・レジャーランド 東武動物公園(埼玉県)

 久しぶりに埼玉の東武動物公園に行ってきたで。
 実に何年かぶりかの訪問だったんだけんど、園内だいぶ変わってたぃねぇ。いつの間にか「ハイブリッド・レジャーランド」って冠も着いてるし。開園25周年だそうだぃね。あの頃、杉戸駅が、東武動物公園駅に変わった時は、まっさかびっくらこいたぃねぇ。
 動物園+遊園地の園内は、まっさか広くって、オレの運動にはなるけんど、1日じゃとても全部回りきんねぇね。今日はまっさかいー天気、こんな天候じゃ動物達も調子狂っちゃうよねぇ。
 今日は東武線じゃなくって・・・車で国道50号→東北道久喜IC経由で家から1時間半。カーナビの案内するまんまだったんだけんど・・・・あの久喜駅近くの「開かずの踏切」はあいわらずだったぃね。あそこなんとかしてくんなぃ・・・・

 ハイブリッド・レジャーランド 東武動物公園
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by dr_suzuki | 2007-02-12 21:18 | 群馬を離れて | Trackback | Comments(0)
2007年 02月 11日
金山・北山コース ~ 根本山・観音山・長手山 (太田市長手町)
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金山ハイキングコース案内板
長手口説明版/パノラマチェア頂上駅横の階段/根本山山頂石祠(弘化3年)
分岐道標/途中より根本山/金山山頂・新田神社
金山城石垣/坂中城・長石方面へ/坂中城跡(観音山山頂)
長石/毛里田(右)と強戸・鶴生田(左)分岐/金山の森キャンプ場から登山道入口
キャンプ場見晴台より丸山/見晴台より八王子丘陵・赤城山/長手の北尾根の交差点

 東毛低山の旅、今日は太田市の金山(かなやま)に挑戦。
 こどもたちをカミさんや義弟に任せて、こどもの国(太田市長手町)を起点に金山を歩ってみることにしたで。金山の南側は、呑龍様や見晴台もあったりしていつもにぎわってるけんど、北側は訪れる人も少なくひっそりとしてらぃね。
 こどもの国の「冒険のとりで」(この裏から、金山南面のモータープールにも行げるらしい)の前を通って、長手口へ。ここは金山城の裏口にあたり、城へ食料や武器を運んだんだそうだぃね。戦国時代にはここで金山城攻防戦が行われたこともある古戦場なんさね。しかし今はこどもの国ができたせいで、長手口は途中でパノラマチェアの頂上駅に向かう舗装道になってるんさ。(実はこの上りの舗道がこのコースで一番大儀) 駅はサマーボブスレーや下りのチェア待ちの人で結構にぎわってるけんど、駅横の階段を上ってハイキングコースに入ぇると、もはや誰もいねぇや。まずは金山山頂を目指す。
 小ピークを巻くように道は進む。案内板があったんで、このピーク名を確認すっと、どうやら「根本山」とゆうらしい。簡単に登れそうだったんでまずは、ここにアタック。山頂には弘化3年(1846)の石祠あり。(家に帰って太田市のサイトをみっと、ここは「天神山」とされてるみてぇだけんど、いったいどっちが正しぃんだんべか?)
 下って道を南進。分岐があったが、そのまま一路金山山頂を目指す。ちっとんべ急坂を上り堀切跡、本城北端を過ぎると、すぐに金山山頂へ到着。意外に近けぇな。新田神社に参拝。東側の眺望をしばし楽しんで、神社の裏手から下る。道なりに進んでぐと、金山城の石垣があるんさ。ここは平成の修復作業じゃなくって、昔からある石垣なんだんべねぇ。
 堀切跡を過ぎて、さっきの分岐まで帰ってきたぃね。ここで左に行って、こどもの国に戻っちまうとあんま運動にもなんねんで、分岐を右に進んで北にある「金山の森キャンプ場」を目指すことにしたんさ。(ハイキングコース・北山コース)
 途中、「坂中(さかなか)」と呼ばれる曲輪跡を散策。(この小ピークはサイトによると「観音山」とゆうらしい)更に「長石」を示す標識があったんで、本線から外れた小路を歩ってみたで。100mも行がねぇうちに「長石」に到着。
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ここは緑色っぽい長い石が山肌を上下に連なっているんがわかるで。画像は上の方から撮影してみたけんど・・・。(サイトによると「凝灰岩の柱状節理の露頭」なんだそうだぃね。なんかこのブログは最近妙に石がらみが多いやぃね(笑))

b0004675_2044478.jpg 本線に戻って、長く緩い勾配の尾根道を一路北に進む。途中184mの小ピーク(名称不明)を通る。金山のピークもそれぞれ名前あるんだんべから、みんな山名標つけりゃいんにねぇ。その先に毛里田(右)と強戸・鶴生田(左)の分岐があるけんど、左に進むと「金山の森キャンプ場」。
 キャンプ場に到着。さすがにシーズンオフなんで閑散としてたで。キャンプ場の見晴らし台からは北側は良くめぇる。目の前の、北に連なってる低い峯をそのまんま進んでいげばマイブームの八王子丘陵まで繋がってるんさ。北の砦だった独立丘、丸山やその前の小丸山、そして八王子丘陵、遠くに赤城山を眺める。今日はおーか風が強ぇが、気温が高けぇせいか、赤城山は今ひとつだぃねぇ。そっから長手の北の小ピーク(約120m高:上毛新聞社『群馬の地名をたずねて』の「鶴生田」の項によるとこの金山丘陵の支脈は「長手山」とゆうらしい)を越えて南進、「こどもの国」に戻ることにしたぃね。この小径はあんまり越える人がいねぇせいなんか、ちっとんべ藪になってたぃね。途中、鶴生田に分かれる小径があったけんど、これがいわゆる「金山裏コース」の道なんだんべね。尾根を越えっと、小径はこどもの国の奥手の「ふれあい工房」の脇に出るんさね。園内の舗道を通って出発地点へ到着、家族と合流。今日はこどもの国はまっさか混んでたぃね。
b0004675_14355233.gif 右はForetrex101で実測した、今日のハイキングの記録。【右図は、カシミール3Dで国土地理院「ウオッちず」公開データに、今日のGPSデータを読み込んだものを引用】見事に、こどもの国のまわりを左回りでぐるっと一回りしたぃねぇ。所要約1時間半弱。そういや北山コースはマイナーなんか、誰一人としていき会うことはなかったぃね。

 坂中・北曲輪 (太田市ホームページ)
 金山ハイキングコース・北山コース (太田市ホームページ)
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by dr_suzuki | 2007-02-11 23:39 | 東毛(+両毛)漫遊 | Trackback | Comments(4)
2007年 02月 11日
ハート倶楽部博士認定証
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県立施設20回訪問達成/賞品のゆうまちゃんシャープペンシル/博士認定証
 
 2005年の記事で、「ハート倶楽部」のバッジのことを書いたけど、あれから苦節1年半、今日「ぐんまこどもの国」(太田市)に行って、とうとう県立施設延べ20回訪問を達成、子供達が「ハート倶楽部博士認定証」(A4)と、賞品の「ゆうまちゃんシャープペンシル」をもらったぃね。・・・・って、手帳は2003年発行なんで、足掛け4年かかったぃねぇ。でもオレんち以外でハンコもらっている子供、1回しか見たことねぇし(笑)、せっかく行ったんに手帳忘れちまってハンコもらえなかったことも何回もあったぃね。

 この群馬教育委員会主催の「ハート倶楽部」だけんど、手帳は2004年で配布終了したみてぇで、企画そのもんもまもなく打ち切られちまうんだと。そんなに人件費や賞品代もかかんねぇんだんべから、ずっと続けりゃいんにねぇ。それとも完全学校週5日制に伴って始まった企画だから、「ゆとり教育」の反省としてやめちゃうんかね?

 ちなみにオレんちの20回の内訳は以下の通り。
 ぐんまこどもの国(太田市)5回、自然史博物館(富岡市)4回、水産学習館(館林市)3回、ふらわーパーク(前橋市)2回、少年科学館(前橋市)2回、歴史博物館(高崎市)1回、つつじが岡公園温室(館林市)1回、ぐんま天文台(高山村)1回、ぐんま昆虫の森(桐生市)1回
・・・・・こどもの国は近いんでおーか重宝。自然史博物館はなかなかすばらしい施設だと思うんさ。・・・・・それに引きかえ昆虫の森はまっさか期待外れだったぃねぇ・・・・・
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by dr_suzuki | 2007-02-11 21:11 | ぐんま | Trackback | Comments(0)
2007年 02月 09日
第1節、第2節のチケット購入
b0004675_1336025.gifb0004675_19131365.jpg 昼休みに、勤務先最寄のファミマに行って、第1節(vs東京V@国立霞ヶ丘)のアウェイゴール裏、第2節(vs徳島@敷島)のB-H席のチケットを買ってきたぃね。第1節は、今年も東京見物を兼ねて、前泊で行ってみんべぇかって思ってらぃね。もちろん東武「りょうもう」号で行ぐんさね。

 ファミマのチケットのカラーとデザインが変わってて、ちっとんべびっくらこいた(笑)
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by dr_suzuki | 2007-02-09 19:14 | ザスパ | Trackback | Comments(2)
2007年 02月 06日
天神山 (みどり市笠懸町西鹿田)
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天神山(みどり市笠懸町)山頂174m、三等三角点「天神山」

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来迎阿弥陀三尊笠塔婆/馬見岡(まみのおか)凝灰岩露出地看板/切り立った凝灰岩だぃね
途中まではのぼりやしぃけんど/三等三角点「天神山」/木立の合間より鹿田山

 今日は午前中は家事都合。午後、天気もいんでどっか歩ってみっかっつーわけで、こないだの藪塚石切場跡のコメントで、三束雨さんより「馬見岡凝灰岩露出地」のリクエスト?を受けたんでウォーキングのコースを替えて行ってきたで。

 馬見岡(まみのおか)凝灰岩露出地は笠懸西部の独立丘、天神山(174m)の南麓にあるんさ。新生代第三紀中新世の火山活動により堆積した火山噴出物だそうだぃね。地層には貝やサメの化石もあるんで、この辺は浅い海だったらしい。この石は柔らかっくって加工しやすかったらしくって、古墳時代から石材として利用されてたんだと。この凝灰岩で作った石仏なんかが、新田郡を中心に現在の群馬や埼玉にも広く分布してるんだそうだぃね。
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 上のように約3m弱の凝灰岩の壁(石切の跡)がみられらぃね。まぁ、先週の藪塚石切場跡が衝撃度絶大だったんで、ここは(学術的にはすげんかもしんねぇけんど)素人眼にはあんまインパクトはねえやぃね。

b0004675_11331561.gif 山の東側に沿う道沿いには、「天神山古墳」(第3号墳の石室がわずかに保存されてるけんど、白い網目に囲まれちまって中がまっさかみづれぇよ)や鎌倉後期に作られたっつー「来迎阿弥陀三尊笠塔婆」もあるんさ。(小屋に入ってらぃね。ゴミ置き場じゃねぇよ。)
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天神山古墳群


 せっかくなんで、天神山山頂まで上ってみたで。現在中腹は樹木伐採中。途中からは藪歩きになっちまったが、数分で山頂に到着。山頂には三等三角点(基準点コード TR35439427101 点名 天神山 )が鎮座。かかってた山標名には172mとあっけど、三角点の点の記は174mだぃね。これで、この冬、旧笠懸町の三角点のある3峰無事完全踏破(笑) 

 馬見岡(まみのおか)凝灰岩露出地 (このあたり;ちず丸リンク)
 馬見岡凝灰岩露出地 (みどり市ホームページ)
 来迎阿弥陀三尊笠塔婆 (みどり市ホームページ)

b0004675_16535745.jpg 帰りは、鹿田山を左手に眺め、西鹿田の通称「大(おお)田んぼ」の中を歩ってきたんさ。今日はまるで桜の咲くような頃のあったかさ。路傍の石垣には「フユシラズ」が咲いてたで。今年の「冬」はどこいっちまったんかねぇ。花粉が飛び始めてるってゆーけど、オレはまだ症状が出てねぇやぃね。


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大田んぼより天神山



(2008年4月追記)
この天神山の北には通称和田山、向山っつー低山があるんさね。
和田山の山頂直下には農村広場とゆー運動場があるんさ。
そこの桜は、まっさかきれいだで。
【桜】 農村広場 (みどり市笠懸町)
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by dr_suzuki | 2007-02-06 17:18 | 東毛(+両毛)漫遊 | Trackback | Comments(6)
2007年 02月 04日
高射砲陣地跡(イオンモール太田)
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高射砲陣地跡
説明図/イオンモール太田SCの一角にある/見つかった場所の説明図
砲台断面図説明図/賑わうイオンモール太田SC/砂塵に霞む金山

 今日は、3月の末みてぇにからっ風が荒れ狂ってたぃねぇ。なんで、どっか室内ぶらつくかってことで、イオンモール太田(太田市下小林)に行ってきたで。金山も砂塵に霞んでたぃねぇ。

 イオンは、ショッピングする人たちで大賑わい。今日のイオンのアナウンスのおねぇちゃんは、「おーた」をきちんと地元発音していたな。オレは、子供達がゲーセンで遊んでる間、先日八王子丘陵のことを調べてて、たまたま太田市ホームページで目にした、イオンモール太田の中にあるっつー「高射砲陣地跡」に行ってみることにしたで。この遺構は、建物の南の芝生の一角にひっそりとあるんさね。

 設置されている説明板を参考にすっと、この高射砲は、太平洋戦争時、旧陸軍によって配備された航空機(おそらくB29)を撃墜するための大砲だそうだぃね。当時の太田町は軍需産業都市だったんで、戦争末期に何度もB29による空襲を受けてたんさね。高射砲は、ここ下小林や由良、古戸にも設置されてたらしいで。イオンを作る時に、6基の砲台跡がめっかって、約24m間隔の扇形に配置されていたとのことだぃね。そのうちの1基(直径4.5mの円柱形のコンクリート)をイオンの建物の南に歴史教育、平和教育のために移設して残してくれたらしいんさ。戦争遺構は破壊されちまうことが多いんで、立派だぃね。>イオン

 今、6基の扇陣形の高射砲のあった上には、たくさんの人が平和にショッピングを楽しんでらぃね。おそらく、高射砲6基じゃ、B29の雨アラレの爆撃に一矢を報いることも難しかったんべな。ここを守って命を落とした兵士も多かったんじゃねぇか。オレたちは、この平和が、日本や郷土のために戦ってくれた人達の尊い犠牲の上に成り立ったんだと、まっと感謝しねぇといけねぇよね。この60年余後の、豊かだが頼りねぇ日本の姿を、泉下の国で彼らはどう思ってるだんべね。

 高射砲陣地跡 (太田市ホームページ)
 高射砲陣地跡 (このあたりの芝生の一角に;Yahoo!ロコ)

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by dr_suzuki | 2007-02-04 20:29 | 東毛(+両毛)漫遊 | Trackback | Comments(4)