2007年 01月 23日
北金井周遊 ~ 雷電宮を探せ (太田市北金井町)
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北金井・高坪山(推定)を望む

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ため池/まずは鉄塔を目指す/新栃木線No.123鉄塔
整備された遊歩道に出る/途中プチな岩場もあるんさね/236m峰(高坪山?)山頂
236m峰山頂・木立の間から金山も見える/駒形神社/北金井向(むけ)山

 東毛低山の旅、第4弾。今回は、北金井で幻の「雷電宮」探索。

 先週の火曜の菅塩峠~天王山行きの後、楚巒山楽会代表幹事さまより、昭和11年発行の「毛野時報」の写しの資料をもらったぃね。資料には新井信示氏による「八王子山脈縦走記」とゆー、新田・山田郡の郡界となってた八王子丘陵の今から70年前の縦走の記録。いやぁはまったぃね。今は尾根の途中は鳳凰ゴルフ場ができちまってるんで、縦走はでぎねぇけんど、その紀行文の記述から、山の名を特定しようとして図書館にも通い詰めて、明治初期の公的文書である「上野国郡村誌15・16」や昭和に発行された「太田市史」「藪塚本町誌」の八王子山関連のところを調べまくり。「八王子山脈縦走記」の中に出てくる記述の中で、山名が特定でぎねぇ「山頂の雷電様の石宮」とゆーのがあったんで、実際に北金井地区の山に登ってみて「石宮」をめっけてみることにしたぃね。
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北金井といえば、カマボコ兵舎!

 北金井の奥に行ぐと・・・あったよ、カマボコ兵舎!オレが子供の頃からあるんさ。何でも米軍の本当の払い下げだそうだぃね。子供の頃はよくここに潜入したぃねぇ。堤の脇に車を停めて、まずは偶然にも本日の日付と同じ新栃木線No.123鉄塔を目指す。鉄塔まではちっとんべ急峻。123号鉄塔の真北に、北金井地区で最も高い236m峰(2万5千分の1の地図で.236と書かれてるんで便宜上以下、こう呼ぶ。上野国郡村誌15でみる限り、たぶん「高坪山」じゃねぇんかと思うんだけんど・・・右画像の高い山)へ。

b0004675_2125880.jpg 歩を進めると、小ピーク(左画像)に到達。この小ピークから236m峰方面へ下ってくると・・・・途中の鞍部に最近整備されたっつーずいぶん立派な遊歩道があるんさ。(まだ2万5千分の一の地図には載ってねぇ。すでに道が荒れ始めてるけんどね) なんだ、236m峰に上るだけなら、遊歩道上がってきたほうが楽だぃねぇ・・・。(こんな道ができるんは知らなかったんさね・・・)


 気を取り直して、236m峰へのアタック開始。途中プチな岩場もあったりして、ちっとんべ山気分が増さぁね。藪べぇでなかなか前に進めねぇけんど、何とか236m峰頂上に到着。山名標もなんもねぇ寂しい山頂。あると思っていた「雷電様」もねぇし・・・南に目を転ずると、木立の合間から、太田の金山がきれいにめぇる。新井氏も紀行文でこのあたりからと思われる金山の風景に感嘆した文があったぃね。

 今度は山の東南の尾根筋に足を伸ばし、石宮を探索。めっかんねぇーなー、と思っていると背後からガサガサ音がする・・・まさか!!イノシシ??と思って身構えると、「何をしてるんですか?」との男性の声。双方ビックリ。「石宮を探しにきた」と5分ほど立ち話。男性は冬になるとこの辺の山を毎日のように散策してるそうだけんど、「尾根で石宮を見た記憶はないなぁ」との話。「いや、それ以上に、冬のこの辺の山で人間にあったのは、あなたが初めて」と妙な賛辞を頂戴したぃね(笑)別れ際「最近この辺もイノシシが多く出てるみたいだから道中気をつけて」とご注意をいただく。いったん236m峰に戻って、続いて東側のもうひとつ向こうのピークを目指す・・・が、やっぱ石宮はねぇや。一等三角点のある唐澤山が目の前にめぇる。しかし進行方向は藪がかなりひでぇや。午後からは用事があるんで、どうすっか逡巡。行ったら用事に間に合わねんべぇなぁと思って、これにて捜索中止、引きっかえすことにしたぃね。

 山を無事下りて来て、車へ。このまま帰るのもなんなんで、村の入り口の駒形神社に「埴輪窯跡」があるんで寄ってみたで。ここは太田市指定史跡で6世紀中ごろの埴輪を焼いた窯のあとと、出荷待ち?の埴輪が並んで出土したんだと。・・・・しかし跡は土に完全に埋んまってて、まったく外目にはわかんねぇや。あんな遊歩道作るんなら、ここに埴輪のレプリカでもいっぺぇ置いたほうが、おもしれぇとおもうんだけんどね。
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駒形神社埴輪窯跡・説明板


b0004675_19201393.jpg 東に目をやると、向山(むけやま)がめぇる。ここは北関東道の太田サービスエリア(仮称)が建設計画中(画像は向山の尾根より)で、数年前、南の成塚地区側を造成したところ、群馬県下最古の方墳(しかも未盗掘)が発見(成塚向山古墳)されて話題になったところだぃね。今はすっかり崩されちまったみてぇだぃね。向山山頂には点名「北金井」の四等三角点があるはず・・・って歩を進めてみたものの、南側は立ち入り禁止だし、山頂付近も竹が刈られたばっかで三角点を確認でぎねぇまんま帰ぇってきたぃね。GPSがあればたどりつけたかもしんねぇが、残念。太田サービスエリアってどんなもんができるんかね?ETCゲートはできるんかなぁ。この辺の風景もだいぶかわっちまうんだんべねぇ。

・・・・家に帰ってきて、「桐生タイムス」を見ると・・・・広沢4丁目(桐生南公園のあたり)でイノシシ3頭捕獲の記事。やっぱ八王子丘陵にも、はぁいっぺぇいるんかもね・・・・

【参考文献】
新井信示 「八王子山脈縦走記」 p9-11 『毛野時報』11号 1936

 太田市北金井地区 (ちず丸リンク)
 駒形神社埴輪窯跡 (太田市役所ホームページ)

【重要な追記:2009年2月】
太田市教育委員会文化財課で「太田市地籍集成図」(昭和63年)を閲覧させてもらったんさね。
・123鉄塔のあたりは「狸ケ入」(ムジナカイリ)とゆうらしい。
・236m峰の太田側は、小字3つで分割されてて、西より菅塩分が「東渓」、北金井分が「松ケ
沢」「妙知沢」で2分割した形。雷電宮石祠があるんは「松ケ沢」になるみて。238m峰南西の小丘は「東渓」にある。『群馬の山 2 奥利根・上越・県央』(p245 群馬県山岳連盟/編 上毛新聞社 1989)に「西渓山」とあるがこれは誤認と思われらぃね。「西渓」は菅塩の天王山東南斜面にあるんだけんど、山頂らしいところがねんみて。
・北金井最深部の山々を村からみて総称して高坪山と呼んでいて、堤からみて東南限を「東高坪」、西南限を「西高坪」と呼んでたんじゃねんか・・・と思う。
郡村誌の高坪山は以下のように記載されてるんさね。髙坪山は「後田」(堤の近くの小字)から上り、西が菅塩村領分、北が廣沢村領分であれば236m峰が髙坪山の最右翼のように思えるんだけんど・・・
髙坪山
髙百廿六丈、八王子山ノ一峯ナリ、村ノ北方ニアリ、西ハ菅塩村ニ属シ北ハ廣沢村ニ属ス、山麓松楢雑木ヲ生ス、登路六町十五間字後田ヨリ上ル


続編に2編に続く

雷電宮発見!
 再び菅塩峠へ ~迷宮の謎を解く

唐沢峠は何処へ
 再び北金井へ ~唐澤峠を目指す

 
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by dr_suzuki | 2007-01-23 19:29 | 東毛(+両毛)漫遊 | Trackback | Comments(4)
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Commented by げきさかのぼる at 2007-01-23 23:26 x
こんばんは。
今日、行かれたのですね。
遊歩道の途中にも小さな石祠が見えるところが
ありますけど、ピークじゃないからな。毛野時報の
記事のものとは違うかも。
Commented by dr_suzuki at 2007-01-23 23:30
▼げきさかさん
誰かがピークから遊歩道のところまで持ってきたんかねぇ?
そりゃないか(笑)
八王子丘陵は21世紀の今でも謎がいっぺぇだぃねぇ・・・・
Commented by torajiro-joshu at 2007-01-25 22:56
”低山歩き”つうより歴史探訪って趣があらぁね。
俺なんかただ歩くだけだから、少しは見習わなきゃって思ったいね。
桐生の吾妻山なんか行っても、ただただ歩くだけだかんね…。

Commented by dr_suzuki at 2007-01-26 07:13
▼寅次郎さん
籾山峠から東の八王子丘陵はまだまだ「秘境」。
夏はマムシがいっぺぇいるそうだぃね。


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