2007年 01月 17日
日向山 ~ 天王山 (太田市菅塩町) ~ 藪山を西へ
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天王山山頂(243m)、四等三角点
尾根上の案内板/日向山二柱神社鳥居(昭和30年建立)/日向山二柱神社
2つの石祠と一升瓶/こんな場所べぇだぃね/四等三角点、点名「入長岡」
無線を試みるも交信できず/ゴルフ場左の作業道よりクラブハウス/八王子公園より建設中の北関東道

 天王山(243m)は太田双葉カントリークラブのクラブハウスの東にそびえる山だぃね。(下の画像)八王子丘陵では高峰の部類に入ぇるんさね。
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 (昨日の続き) 再度あの尾根に立ち、天王山を目指し尾根伝いに西へ。楚巒山楽会さんのHPで「細い尾根に引き込まれやすい」と注意書きがあったけんど、木立の合間から天王山を探すとめっかんねぇ。見事に細い尾根に引き込まれちまった模様。先日購入したPRO TREKで方角を確認。間違いに気づき、来た道を引き返す。PRO TREK、今日は大活躍。歩を進めて行ぐと、案内板がめっかった。ここから南の尾根に進むとHPで触れられていた日向山。山頂に日向山二柱神社があるはず・・・
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日向山二柱神社

 あったよ。こんな山ん中に立派な昭和30年と刻まれた石の鳥居。どうやってここまで運んできたん?2つ並んだ石祠の前には一升瓶が。石祠の後ろには一升瓶がいっぺぇ。どうやらまだ地元の方々の信仰を集めている神社らしいで。でも下に延びる参道の踏み跡はねぇから、ここまで地元の方々も藪漕ぎしながら上ってくるんだんべか?
【追記】二柱神社の祭神は「上野国郡村誌15新田郡」より伊弉諾尊(イザナギ)・伊弉冊尊(イザナミ)と判明。石祠は「宝永」時代のもんらしい。

 元の案内板まで戻り、再び天王山を目指す。ところが・・・木に巻かれた目印のテープを確認しながら行くも進路に倒木も多くって、ちょっと外れるとテープも見失なっちまうし、踏み跡も浅くってよくわかんねぇや。冬だからまだいいが、夏なら完璧に迷うなこりゃ。今度来る時はGPS買わなくっちゃな・・・方角を確認しながら迷走を重ね、やっと名もねぇ小ピークに辿り着く。(たぶん縦走路の尾根筋からはちっと外れたピークだったと思う)目の前に確かに天王山が見えたんだけんど、途中に結構な斜度のある谷筋を通らなくっちゃなんねぇ。標高250mにも満たねぇ山だからなぁ・・・となめてたんだけんど、こうなるとちっとんべきつくなってきたで。しかも倒木やら雑木の枝が多くって前に進みづれぇのなんの。やっとのことで天王山の東稜にたどりつくも、登山道らしいもんは全然めっかんねぇ。仕方がねんで、雑木の薮の中、歩きやしそうな場所を選んで、頂上へアタックすることにしたんさ。
 頂上にやっとこさ辿り着く。地図上の直線距離はほんのわずかなんに、迷宮に陥ったみてぇで菅塩峠から1時間もかかっちまったよ。頂上には四等三角点(点名:入長岡、基準点コード TR45439422701 冠字選点番号 K八 19)が鎮座し、何枚かの山名プレートがあるんさ。展望は木立に阻まれあんまり良くねぇ。今日は天気が良くって、風もねぇせいか、自分の実家方面は光に反射して予想以上に良くみえねぇし、赤城山も霞んじまってダメだぃね。無線機を取り出して、聞いてみたんだけんど、平日なんでカタギの人は聞こえずじまい。

b0004675_23135790.jpg 頂上を後にしようと踏み跡を探してみたが、やっぱ良くわかんねぇ。ならば東南斜面から下り始めてみたけんど・・なかなか帰ぇれそうな踏み跡もめっかんねぇ。しょーがねぇ、あの谷に沿って下るかと思いながら雑木の薮をかきわけてぐと、偶然にも稜線を巻くようにちょっとした踏み跡がめっかった。これに沿って下へ進むと突然右手にゴルフ場を見下ろす崖上に出たんさ。どうやら作業道に出たみてぇだ。ここOB球がきねぇか・・・と思ったが、平日のせいかプレーしてる人がいなかった(笑)そのまま下っていくと、さらに見晴らしがよくなって太田市の八王子公園(墓地公園)の上(左の画像)に出たぃね。(天王山登山だけならこっから登ったほうがいいね。)公園から眺めると、公園の南方の田んぼの中を、急ピッチで建設中の東西に走る北関東道がめぇる。現代の「あずまみち」だぃねぇ。それと送電線の鉄塔の多いこと。オレが子供の頃はこんなになかったんになぁ。

b0004675_18375023.jpg 公園から左に道が分かれてたんで、そのまま道を下っていぐと左手に金毘羅宮があったんさ。この宮の参道になってるコンクリートの道を下ってぐと、菅塩の本村(昔、オレたちはこう呼んでいたんだぃね)の入り口の舗装道に出られたんさ。


 本村の入り口の路傍に何やら物体をめっける。何なん?と思うと、石碑が車かなんかにぶっつけられたかして真っ二つに割れちまってて、そのまんま道端に横たわってたぃね。見ると道標。「西 大原」「南 脇屋」「東 丸山」とあり、北は「北 桐生」と彫られてるんさ!やっぱ、昔、この菅塩の集落を抜けて、桐生への峠道がここには確かにあったんだぃねぇ。(倒れてるため石碑の裏の製作年などは確認せず。貴重なもんだんべから、早く修復してくんなぃ>太田市) 
 車を停めた菅塩沼まで里山の風景を散策。きっと昔の新田郡の人たちも、この堤をみながら、山のむこうにある栄華の町・桐生を目指して歩ってたんだんべなぁ。

 所要時間約2時間。東毛低山の旅、第3弾、了。
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菅塩本村入り口の割れた道標;「北 桐生」の文字が確かに


 【2008年1月15日追記】
 割れた道標がコンクリートで接着されて、十字路に立てられてたよ。
 よかった、よかった。でも十字路から火の見やぐらはなくなっちゃったけんどね。
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【2013年2月追記】

b0004675_1836193.jpg【て】 天王山強戸で一番高い山
 ・・・実際は当時は西長岡御所ノ入・根本山(追分)が最高地点だったんに、かるたでは天王山を一番高ぇ山とした事実誤認があるで。まぁ麓からだとピークが目立つ山なんで無理もねぇかとは思うんだけんど、強戸の子どもたちが間違って覚えちゃったんはうまかねんじゃねんかなぁ。

『強戸かるた』 強戸地区青少年健全育成推進会議編 (1987)



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by dr_suzuki | 2007-01-17 18:54 | 東毛(+両毛)漫遊 | Trackback | Comments(2)
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Commented by げきさかのぼる at 2007-01-21 14:30 x
 鈴木さん、こんにちは。菅塩峠・天王山探索、お疲れ様です。
割れた道標は、火の見やぐらの十字路にあったものですよね。
割れちゃったんですか。前は、ちゃんと土に埋まってたのに。
残念です。ほんとに早く直してちゃんと建てて欲しいものです。
Commented by dr_suzuki at 2007-01-21 18:28
▼げきさかさん
げきさかさんのHPで知った「菅塩峠」を探訪することができて感無量だぃね。
「ビオトープ」だかなんだかしらねぇけんど、
まずこういう文化財を大切にする心を養う教育をちゃんとしたほうがいいんじゃねぇん?>群馬県&太田市。


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