2014年 04月 28日
篠塚稲荷神社 (東京都台東区柳橋)
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篠塚稲荷神社 (台東区柳橋)

 先週土日は東京・秋葉原で研修。終日座学で会場に缶詰でツラかったぃ。終了したら脱兎の如く会場から退散。16年ぶりの秋葉原は、おーか変貌しちゃってて、はぁオレの知ってる街じゃねんで違和感ありまくりだしなぁ。じゃあ目星を付けてたあそこに行ってみんべぇか。・・・東京で新田氏関連史跡巡り~!

 今日の目的地は「篠塚稲荷神社」さね。

 はぁ?何なん?それ?だんべ(笑) オレも最近まで知らなかったんさ。去年、新田義貞公の豪勇の家臣・新田四天王の一人・篠塚伊賀守重廣の廟とか行ぐんで調べてた時に、縁の神社が台東区柳橋にあるって知ったんで、東京に行ったらここに行ぐんべ!っと決めてたんさね。

b0004675_1655411.jpg 秋葉原駅からJR総武線で1駅、浅草橋駅へ。iPhoneにGoogleMapで案内させ、歩くことわずか約2分・・・フツーの街の一角に、忽然と神社が、アッタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!


まずは参拝!

社殿を見っと
絵図が貼られてて・・・良く見っと・・・おおっ!!これは!

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台東区に新田義貞公!━━(゚∀゚)━━!! し か も ネ申イ象
それに栗生左衛門と篠塚伊賀守(新田四天王のうちの2人)


由緒とかの説明があるプリントがあったんでもらってきたで。(家で撮影)
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b0004675_166410.jpg このプリントの裏にも載ってるけんど、境内の石碑に、この篠塚稲荷神社の由緒があるんさ。引用して打ち込んでみんべぇ。
当社の創起年代は詳らかではないが古記に「大川辺に高き丘あり篠生い茂り里人ここに稲荷神を祀る」とあれば悠久の昔より奉斎し奉りあり。
正平年間新田義貞の家臣篠塚伊賀守重廣主家再興の祈請をなし来国光の刀を神前に捧げ社傍に庵を結びて出家し日夜参篭怠らず為にいつしか篠塚稲荷大明神と尊称するに至った。延宝九年三月神社別当僧たる伊賀守子孫に醍醐寺三宝院御門跡より篠塚山玉蔵院宗林寺の称号を賜り元禄六年二月本多紀伊守殿寺社奉行の折には御府内古跡地と定められたが明治初年神仏分離の際玉蔵院は廃せられた。
古来より商売繁昌火防神として厚く尊崇奉る。

 周囲に宿敵・足利勢がわんさかいた武蔵の地で、よくぞ新田家の再興の祈請を日々続けてたとはすげぇじゃねーきゃ!さすが忠臣・篠塚伊賀守重廣!

b0004675_1656292.jpg 狭ぇ敷地ながら立派な鳥居、手水鉢まであって、社殿もキレイで整備もゆき届いてるじゃねぇきゃ。東毛の神社とは大違い。 いやぁこの地で地元の方々に大切にされてるんだぃなぁ。篠塚伊賀守も喜んでるだんべ。柳橋の皆さん、グッジョブ!


b0004675_166196.jpg 帰ぇりは、都営浅草線・浅草橋駅(神社から徒歩2分弱)で浅草駅に行って、ぶらり浅草。雷門満留賀で「花巻そば」(かけ蕎麦に焼き海苔を揉んで散らしたもの)を食って、舟和の芋ようかんをお土産に買って、東武浅草駅から特急「りょうもう」で、新田の地へ帰ぇってきたで・・・あぁオレはやっぱ群馬がいいや。


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篠塚稲荷神社 (台東区柳橋) (Yahoo!ロコ)

【参考サイト】
篠塚の郷を歩く (邑楽郡邑楽町篠塚) (この拙ブログ)
篠塚稲荷神社|台東区柳橋の神社 (猫のあしあと) (2014年4月28日アクセス)
 
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by dr_suzuki | 2014-04-28 17:07 | 群馬を離れて | Trackback | Comments(0)
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