『強戸かるた』・強戸地区青少年健全育成推進会議編 (1987)
群馬県には郷土かるた「上毛かるた」があるんは有名だぃね。そんなせいか群馬県は地方地方で、地元の歴史や史跡なんかを札にした「地元かるた」を作ってることが多いんさね。(群馬は冬になっと、からっ風がなっから強ぇんで、子供が外で遊ぶんもままなんねんで、インドア系の「かるた」が盛んなんかもしんねぇけんどね)
いろんな史跡を歩ってみっと、郷土「かるた」の札と一緒になってその史跡が紹介されてるところも多いやぃね。(「尾島」や桐生の「菱」とか)オレが生まれ育った太田市・強戸(ごうど;元新田郡強戸村)にも、そんな郷土かるたがあるんきゃ?・・・と調べてみっと「強戸かるた」っつーローカルかるたもあるじゃねーきゃ!・・・でもこんなのオレが子供の頃あったっけ??
facebookで中学の時の同級生に聞いたら、まだ強戸行政センターで売ってるよっつー話なんで、仕事帰ぇりに寄って、郷土資料として購入したで。500円也。
開封して札を確認・・・いやぁこりゃすげぇな!こりゃマイナーの極み!ちゃんとルールも印刷されてるんもすげぇな(笑)
札を見てみっと、はぁやってねぇイベント(元旦マラソン)とか、事実誤認のもの(【て】天王山強戸で一ばん高い山 →
これは誤りでオレがこのブログで説明した通り、実際は根本山(当時は入長岡御所ノ入・根本山の南ピークの追分地点が最高点)が一番高ぇんだけんどなぁ。ピークとしては確かに天王山は目立つ山なんだけんど)が詠まれてるんだぃな。しかも厳密には強戸領分じゃねんに、旧村境をちっと越えた隣の生品領分の二ツ山古墳(【ふ】ふるさとの古代をしのぶ二ツ山)や鳥山領分の鶴山古墳(【へ】蛇川を渡れば名高い鶴山古墳)が、ちゃっかり札に入ってたりするアバウトさ(笑)
中に入ぇってた解説読んでみっと、昭和61/62年頃作られたらしいんさ。オレは、G大学に入って強戸を離れて前橋に住んでたんで、道理でその存在も知らなかったんだなぁ。それにこのかるた作った後にめっかった
新田郡庁跡や、北部運動公園の
芝桜も
イルミネーションも載ってねぇんだぃな。上毛かるたも戦後すぐのもんをずっと変更しねぇんだけんど、こうゆうローカルかるたは
一世代(約30年)おきに作り変えるべきじゃねぇん?・・・とゆーことで、改訂の時にはぜひオレを選定委員に選んでくんなぃ!もちろん無償でいーから(笑)
これまでこのブログで紹介してきたもんも、いっぺぇ札に選出されてるんで、それらの記事に、該当する札も追加して紹介してみんべぇ。
このブログで記事にしたもの
鶴山古墳: 【へ】 蛇川を渡れば名高い鶴山古墳
呑竜松: 【と】 呑竜松とともに伝える供餅
駒形神社: 【か】 窯跡は埴輪を焼いた駒形神社
北長岡: 【つ】 月照らす長岡の里に小京都
成塚: 【な】 成塚の地名にのこる古墳群
長岡温泉: 【う】 美しさ花袋がたたえた長岡温泉
須永好: 【の】 農民の父と言われた須永好
寺山古墳: 【く】 桑畑をのぼれば名高い寺山古墳
祝人郷: 【け】 毛の国の地名をのこす祝人郷
二ツ山古墳: 【ふ】 ふるさとの古代をしのぶ二ツ山
天王山: 【て】 天王山強戸で一ばん高い山
木暮理太郎: 【さ】 山岳の道を拓いた木暮理太郎 (旧太田市民憲章かるたと共通札)
加茂川の滝: 【し】 新緑に流れも清い加茂川の滝
菅塩沼の桜: 【す】 菅塩の沼と桜は太田の名所
他にもネタになりそうな札がいくつかあるんで、訪問してみっかね。
追記
この強戸かるたでも、上毛かるたの団体戦の役札「す」「も」「の」、個人・団体戦とも同点の場合の「つ」勝ちのような「役札ルール」がちゃんと明文化されてるんさ。
・役札は団体戦のみ【あ】【え】【さ】
・・・この3枚は「太田市市民憲章かるた」にも採用されてたんで格上(笑)みて。
【あ】 あずま道寺井にのこる廃寺跡
【え】 駅名と石橋にのこる次郎右衛門
【さ】 山岳の道を拓いた木暮理太郎
・同点の場合は団体・個人戦とも【ひ】を持ってるほうが勝ち
【ひ】広げよう強戸に緑とやさしい心
まぁず奥が深ぇんねー(笑)
更に追記
治良門橋駅 :【え】 駅名と石橋にのこる次郎右衛門
夫婦石 (北金井):【め】夫婦石 永遠に寄り添う むつまじく