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2012年 07月 28日
世良田祇園まつり (太田市世良田町)
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世良田祇園 下新田の屋台巡行

 かつて関東3大祭ともゆわれた賑わいだったつー「世良田祇園」。その当時、東武伊勢崎線も臨時列車が出たんだと。『新田町誌 第5巻(特集編 新田町の民俗)』(1990)によれば、旧木崎町では八坂神社を分祀してもらったんで、世良田祇園より先には木崎の祇園祭をやんねぇという習わしだったそうだぃね。その後、世良田村の分村合併もあって、世良田祇園祭は衰微していっちゃったんさ。(『尾島町誌 下巻』では、その第7章がまるまるこの「世良田祇園」の記録に割かれているんさね)
 昨年、往時の賑わいをと再興されたっつー話さね。
 実は昨年は・・・間違えて日曜にいっちゃって屋台巡行をみられなかったんさ。今年は万全に(笑)土曜夜に参上。

 神社参道に8台の屋台が並ぶ光景は、いやぁ壮観。神社の境内は各町内のお囃子がシンクロしてるし。

 えー、いっしょに三束雨@藤岡さんもいたんで、すんばらしい画像はぜひそっちで(笑)

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b0004675_22533880.jpg オレの今回の目的のひとつは「八坂飴」をゲットすること。「ぶっきり飴」ともゆわれてて、境内でノミとトンカチで「ぶっきって」売ってたそうだぃね。神社近くの県道脇のお店に「八坂飴あります」の掲示が出てたんで、そこで購入してみたで。(300円と500円)
 そこ(屋号不明(笑))の店主さんいわく、「仕入れた飴を、ここでバチとトンカチでぶっかいて作ってるんさ」「神社の境内にも置いてるんだけんどねー」「冷蔵庫で冷さねぇと、くっついちゃうんさ」「歯にくっつくんで今の人は嫌うんだけんど、昔はおみやげとして良く売れたんだぃねー」etc おーか濃いぃ正調群馬弁での説明が聞けてうれしかったぃ。ぶっきるバチとトンカチも見せてくれたで。


b0004675_2254450.jpg ・・・味は「千歳飴の甘くねぇやつ」って感じさね。素朴でいいやぃね。『薮塚本町の民俗』(1974) p82には以下の記述があるんさね。
 八坂神社の講は世良田の八坂神社のオギオン-七月二十五日-に代参する。初穂米を講中から集めていく。神社からよこした日本紙のよい袋に米を入れていく。ぶっきり飴を買ってくることになっていた。夕飯を食べ徒歩で世良田に行ってくると丁度夜が明けた。
 世良田のギオンには雨が降る。雨降りの用意をしていく。


 オレのブログで、昔の八坂神社の記事にも書いたけど、『尾島町誌 下巻』から、八坂飴のところを改めて引用すっと
 p1007より
 七月一日
 この日は朝から参拝者がつめかけてくる。キュウリなど供えて拝む。また名前の「八坂飴」を売る店も出て参道は賑わう。この飴を食べると疫病にかからないといわれた。ムラ人はこの日を「アメカイ」と呼んでいる。平たくのした白い飴で注文数に応じてアメキリボウチョウ(三味線のバチのような形)に小さい金づちを当て、カチンカチンと切って売る。
 昔のこの辺の人たちのソールフードなお菓子だったんだんべなぁ。疫病にかかんねんならなおいいやぃね!


b0004675_12373689.jpg 八坂飴を食べつつ、腹ごしらえに、歩って早川を越えて境女塚のCafe Rossyへ。途中の総持寺でスタンプラリーのスタンプゲット(笑) 今夜はRossyは「ともしびナイト」。画像は「八坂飴&ともしび」。冷やしナポリタン食ってたら、雷が来ちゃったぃ。雨雲レーダーをみたら西になっからでっけぇ雨雲があったんで屋台の巡行を観ねぇで、退却しちまったんさね。来年は最後まで観てぇやぃなぁ。そんなんで境内の八坂飴の販売も確認でぎなかったぃ。
 それにしても『藪塚本町の民俗』の記述の通り、ほんとに雨が降ったぃなぁ。オレも飴を食いながら・・・でも徒歩じゃなく車で(笑)家に帰ぇったぃね。



※「八坂飴」は東毛のローカルフーズに分類しとくんべぇ。

【参考文献】
『薮塚本町の民俗』 p82 群馬県民俗調査報告書第十六集 群馬県教育委員会編 1974
『尾島町誌 下巻』 p999-1043 尾島町誌専門委員会 尾島町 1993
『新田町誌 第5巻(特集編 新田町の民俗)』 p323 新田町誌刊行委員会 新田町 1990
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by dr_suzuki | 2012-07-28 23:26 | 東毛(+両毛)漫遊 | Trackback(1) | Comments(7)
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Tracked from Bandit's Rain2 at 2012-07-31 01:36
タイトル : 平成二十四年 世良田祇園祭り
かつては東京神田の明神祭り、秩父の妙見祭りとともに関東三大祭りの一つに数えられていた八坂神社の大祭である。関東各地から参拝人が押し寄せる。一日目の夜は、各町内から引き出された豪華絢爛な十一台の祇園屋台が大通りを引き下がり、東部で集結するため引き違いが行われ、提灯の火の海とお囃子の競演は、夜の白むころまで繰り広げられたと伝えられる。この祭りも近年徐々に復活しつつあり、一日目の夜「御隠居さま」の神輿は有志会の人々によって担がれ、本社へ帰還するが、群集を分けて練り歩く様はまさに、勇壮・豪快である。 (上毛...... more
Commented by cafe Rossy at 2012-07-29 13:08 x
ともし火ナイトの暗がりの中のご来店ありがとうございました。
当店のお客様の中でもこちらのブログのファンの方が多く、当店を掲載して頂まして私も勝手に鼻高々です♪

ギリギリ東毛ではありませんが今後とも宜しくお願い致しますm(__)m
Commented by dr_suzuki at 2012-07-29 14:01
▼cafe Rossyさん
昨日は失礼したぃね。雷がきなかったら、夜の巡行にも行げたんだけんどねぇ。
近くに行った時はまた寄らしてもらうんで、よろしくたのまぃ。女塚は旧世良田村だから、「みなし東毛」っつーことで(笑)
Commented by トクチャン at 2012-07-30 13:34 x
無軌道庵さん、来てくれて、ありがとね。こんなにも世良田のおぎょんのこと~書いてくれて特別広報ご苦労さまでした。
農協前で八坂飴を売ってたんは加藤さんちの店屋だい。加藤さんはうんと良い人だよ。今年も僕は隠居様神輿、当住様神輿を担いで奉仕させてもらったい。ROSSYさんにもお世話になったし,三束雨さんには映像担当でお世話になりました。これからも世良田祇園のためにおごとさせてもらいますね。ありがとうございました。
Commented by トクチャン at 2012-07-30 13:40 x
書き忘れたんだけんど、無軌道庵さんのブログを僕のブログでリンクさせてもらいてんだけんど、いいかいねぇ・・
加藤さんちの八坂神社境内での出店は、僕のブログで紹介させてもらうつもりいるんでまた折があったら見てくんない。
よろしくたのまいね。
Commented by dr_suzuki at 2012-07-30 14:41
▼トクチャンさん
2年越しの約束を果たしたで。ウワサの通り、東毛じゃ珍しい屋台の充実度だったね。雷雨がきなきゃよかったんだけんどね。映像は三束雨さんのほうがハイグレードなんでぜひそちらへ。
それにしても加藤さんは、まぁずいい味だしてたぃなぁ。
ブログのリンクの件は、ノープロブレムなんでよろしくたのまぃ!
Commented by sanzokuame2 at 2012-07-31 01:36
まさに異文化の祭りを体感したぃね。
西毛のほうが荒々しいんか、世良田が特別に雅なんか。
いろんな祭りに出掛けると勉強にならぃね。
八坂飴もツボ、うちにもって帰ったときには「ひとかたまり」になってたし。^^
Commented by dr_suzuki at 2012-07-31 19:28
▼三束雨さん
そんなに違いがあるんだー。西毛のほう見たことねぇかんなぁ。
八坂飴、次の日にはすっかり一塊になっちゃうんね。
昔の人は、一晩歩って村に帰ぇった時に、飴がどうなってたんかね?


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