2010年 09月 03日
瀧権現神社 (太田市薮塚町滝ノ入) ~ 壮観を呈した滝は何処へ
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瀧権現神社 (太田市薮塚町)・朱塗りの鳥居が鮮やか

 夏の涼を求め八王子丘陵の滝の探索シリーズ、第2弾。今回も長げぇで。

 今回は、藪塚町滝の入へ。
 地名「滝の入」・・・その名前からしていかにも立派な滝がありそうな感じだけんど・・・
 
 東毛自然の家手前の瀧権現神社に到着。神社横の駐車場脇に説明看板あり!
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現地説明板

b0004675_2156992.jpg 「沢水が滝となり壮観を呈する」!これは期待大!!・・・まずは周りを見てみっと、社殿の裏に山の方から流れるコンクリートで護岸を固められた沢(小川)はあるんだけんど、滝らしいもんは全然めっからず。


b0004675_21562523.jpg この沢は社殿の裏を通って、神社の南側の溜め池(用水地で「下ダメ」とゆわれてるとのこと)に注いでいるけんど、そこにも滝らしい落差もなくフツーに流れてるだけだし。


b0004675_21563812.jpg ならばと蚊の襲来に負けず、発起して池の奥までいってみたけんど、やっぱそれらしいもんはめっからず・・・大量の蚊の襲撃で壮観どころか悲壮感のみ(笑)やっぱ今は山からの水の湧き方とか変わっちまって、滝なんかなくなっちゃったんかもしんねぇね。


・・・と現地では何も得られるもんもなく、蚊に刺されただけで退散。

 となると再び文献調査。

 まずは近年の記録には載ってねぇかと手持ちの『薮塚本町の民俗』(1974)を調べてみた。これは後の『薮塚本町誌』のベースになった本だけんど、この本にもこの滝の記載がめっからねぇんさね。こんな記載はあったんだけんど。
 『薮塚本町の民俗』 p66 
 滝之権現の祭典

 四月十五日・十月十五日にした。その時に国定からオモリバアサン(行者)が来て神事を行った。神主は来なかった。大釜に湯をわかし、笹の葉を大釜に入れてそれについた湯のしずくをふって参拝人にふりかける。はやり病にかからないという。
 なかなかワイルド!・・・今でもオモリバアサンは来てるんだんべか??

 じゃあまっと昔はどうだったんだんべ?・・・1926年発行の『藪塚鑛泉案内』を紐解いてみっと、案内絵図に瀧ノ権現社と権現滝の画を発見。(赤丸はオレが記入)
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 ・・・そしてこんな記述があるで。
『藪塚鑛泉案内』 p22-23
 瀧の入鑛泉 湯元 福壽館

 (前略)やがて瀧の入の十字路につく其處で東に折れて山裾に沿ふて行くと、一帯の大松林の麓に、高雅な二層樓の旅館は南に面して建てられているのが見える。
 瀧の入鑛泉は夫れである。附近は凡て農家のみであるが、館の前面左寄りに、雅趣溢るる梅林があり、又其邊一帯には珍奇な花木多数あり四季の眺觀豊かである。
 往古を偲ばしむる瀧權現神社は旅館の前にあり老松古杉は鬱葱として其枝を垂れ、側に小池がある。池の南岸は金子山で、山影を池面に寫し、情趣掬す可き者がある 金子山を彼方に越せば、湯の入鑛泉に出る。
 (後略)
b0004675_2202850.jpg 現在、福壽館は数年前に廃業しちゃってて既に跡かたもねぇやぃね。(東毛自然の家の奥の山中には、瀧の入鉱泉の源泉がある(右の画像は2008年12月に撮影したもの)んだけんど、既に荒廃しかかってらぃね)池の南の山が「金子山(かねこやま)」っつーんが新たな発見だぃねー。しかし武田信玄公の遺跡って一体??

 さらに
『藪塚鑛泉案内』 p42-43
 瀧權現神社

 瀧の入鑛泉前にある。祭神は岡象女命で、其由緒は不明であるが新田の支族岩松遠江五郎経兼公の弟藪塚六郎朝兼の時代に建立せらた者だとの説もある。境内には老松古杉あり尚側に小池あり神色蒼然襟を正さしむる者がある。
 此所は瀧の權現と稱し、東方の渓谷間より白水瀑々と流れ來り、大岩に當り直下して瀧となり居りしが、今は池の下方が瀧となり居りて四時瀬音の絶ゆる時がない 此所より東方の山上に武田信玄公の遺跡もある。
 そして!!白黒だけんど、そのp43に、まさにその滝の画像が載ってたんで引用転載するで。
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 この画像っきゃねんで、大きさが全然わかんねぇんだけんど、これどんくらいなもんだったんかねぇ?その時点で「今は池の下方が瀧となり居りて四時瀬音の絶ゆる時がない」って書いてあるけど・・・まさか用水池の出口の流路を観光用に滝みてぇな感じにしてたんかな?1920年代の時点でも壮観な滝はなかったんかもしんねぇけんど・・・昔々、神社が祀られ、この地の地名にもなったぐれぇだから、本当にさぞかし壮観な滝があったんだんべな。もはや未来の連中にタイムマシンでの探検を頼むしかねぇやぃね。

 そんなわけで「瀧の入権現瀧」、今は幻の八王子丘陵の滝って結論で・・・ファイナルアンサー?

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社殿/石祠群/「福寿館」の名が残る標識


瀧権現神社 (ちず丸リンク)

【参考文献】
『薮塚本町の民俗』 p30, p66 群馬県教育委員会 1974
『藪塚鑛泉案内』 今井武八郎 北新鑛泉同業組合事務所発行 1926
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by dr_suzuki | 2010-09-03 22:26 | 東毛(+両毛)漫遊 | Trackback | Comments(6)
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Commented by 砂女 at 2010-09-03 23:25 x
こんばんは。いつもうちのHPに青面金剛の写真を下さってありがとうございます。

八王子丘陵はほんとうに奥が深い。というかすずきさんの探究心が奥が深いというべきでしょうか。
幻の滝、第二弾も面白い!果たして滝を名乗るほどのものかどうかは疑問ですが(これは桐生の滝にもいえます ^^)、権現さまがあるのですからかつては立派に滝として流通していたのでしょうね。

『藪塚鑛泉案内』はじめ掘り出してくる資料が面白く、集めてらっしゃるポストカードもうらやましいです。初見の山名がたくさんありそうで興味津々で記事を楽しんでいます。
もう少し涼しくなって薮が落ち着いたらわたしもこちらから歩いてみたくなりました。
不動の滝も気になりますし今度またご一緒できれば嬉しい。

さらなる八王子丘陵の探索に期待しておりまする。
蚊に刺され過ぎないよう、マムシに出会わないよう、お気をつけて。


Commented by dr_suzuki at 2010-09-05 22:02
▼砂女さん
ヲタクの道楽につきあってくれてあんがとさんです。八王子丘陵は奥が深いですなぁ。ホームテリトリーの旧新田郡ですらいっぺぇ謎があふれてるし。
旧山田郡域の不動の滝も気になりますなー。
Commented by ふく at 2010-09-10 22:56 x
滝野神社ですね!
昔私も湯ノ入は「湯が出る場所の入り口」滝ノ入は「滝の入り口」と聞いていたので、滝を探しましたが無かったです。
噂だと神社の隣の池がまだ自然な形の時の水の出口がと聞いた事があります。
ついでに、この神社の神主さんは国定の電話番号でしたよ!
ついでにその神主さんはこの神社の御祭神は日本武尊とおっしゃっていましたが、湯ノ入の氏神は男神、滝ノ入の氏神は女神と聞いていたので、やっと女神様のお名前が解ってほっとしています。
ありがとうございます!
Commented by dr_suzuki at 2010-09-11 10:07
▼ふくさん
池はため池化してて、はぁ自然な形とは言い難てぇからねぇ。
今でも神主が国定の人っつーんが、ある意味歴史があらぃねぇ。

で、ふくさん!地元でゆう「オオヒラ山」って、どのあたりを指すん??
Commented by ふく at 2010-09-11 19:56 x
山の事は男の人に聞かないとわからないんけど、旅館と山の地図は場所がちゃんとしているからそれで行けば、長円寺の所が観音山、その上の西側の小高い山の事を指してるよ。たしかあのあたり、台から入って茶臼山へ行く際、一瞬平らっぽい所が有ったから、その辺かな?
Commented by dr_suzuki at 2010-09-13 12:43
▼ふくさん
そうなると秋葉山はどこへ・・・秋葉神社の石祠もめっかんねぇしなぁ。
台の「イナリガ沢」「オカンガ沢」「シダカ沢」「不動沼」・・・台の石切り場跡と不動明王像も探してるんだけんど・・・どこにあるんかご存知なら教えてくんなぃ!


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