新田義貞居住伝説地・反町館跡・照明寺本堂(太田市新田反町町)・・・改修工事中orz
以前、藤の花の頃、
ここには来たことはあるんだけんど、改めて新田義貞の居館跡とゆう「反町館跡」見物に仕事訪問してみたで。
国指定史跡・新田荘遺跡の一つの14世紀初頭に築城されたっつー反町館。現在の正式名称は瑠璃山妙光院照明寺。毎年1月4日には厄除けの縁日で賑わうんさね。
館跡に入ぇる東側には、広い堀。
今回改めて周囲を回ってみると、見事に四方に堀が巡らされてたぃね。(水は濁ってるけんど)
東の堀
北の堀
南側には土塁がよく残ってらぃね。門の所に「新田義貞公古城跡」と碑が建ってらぃね。
南側の土塁
現在は館跡とゆわれるところに照明寺が建立。本堂には大中黒の幕・・・だけんど本堂は現在改修工事中だったぃね。あいかわらず頭がテカテカの洗心童子がいた。
西の堂の脇から(塀越しにっきゃ見えねぇけんど)本堂の裏手には義貞が鎌倉攻めを思案中、池の蛙の鳴き声がおーかうるせぇんで、一喝したら蛙が鳴きやんじまったつー言い伝えがある「鳴かずの池」と呼ばれている池があるんだけんど・・・水が干上がってて?水らしぃもんは見えず。
「鳴かずの池」?
北の土塁の上には祠(祭神不明)があるんさね。しかしここは薮っ蚊がいっぺぇorz
北の土塁の上の石祠
こっから北に1kmほど行った生品神社で鎌倉幕府倒幕の挙兵をした義貞は、再びこの居城に戻ってくることはなかったんだぃねぇ。
説明板によると、後に大舘氏や新田義興、矢内氏の居城となったりっつーいい伝えもあるみてぇだぃね。詳しくは案内板の画像でどうぞ!
境内散策中、無人だった鐘つき堂から「ゴ~ン!」りぃ鐘が鳴ったんさ。毎時00分には機械じかけで無人で鐘がつかれるだそうだぃね・・・
反町薬師 (ちず丸リンク)
本堂改修の作業中で、境内全景は「絵」にならねんで撮影しなかったぃね。いつか撮り直しに行ぐんべぇ。
▼追記
「おおたんの史跡探検スタンプラリー」(2010)のスタンプ