2009年 03月 11日
賀茂神社の「神籠石」 ~ 神様が降臨した石は何処に
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賀茂神社前の案内板

 またもなっから長ぇ記事で恐縮至極なんだけんど、2009年の東毛漫遊山歩き、もう1編つきあってくんなぃね。

 ここ2年ばかり「やまの町 桐生」の楚巒山楽会代表幹事さんや、「岩石祭祀学提唱地」のMURYさんと、桐生市広沢町・賀茂神社の「南へ約1km進んだ八王子丘陵の中にあるという「神籠石(かわごいし)」と呼ばれる岩石」を探しつづけてきたんさね。「神様が降臨した岩石」って話だぃね。 まずはこれまでの経緯を詳しくまとめてくれたMURYさんの「賀茂神社の神籠石」ってページをみてくんな。

b0004675_1728473.jpg 「神籠石」は賀茂神社の案内看板にも右の画像のようにすんげぇアバウトだけど載かってて、距離は約1kmとも書いてある。なんにすでに宮司さんにもそのありかが忘れられちまってるってゆーんもなんだかなぁ。


 その「神籠石」は『桐生市史 上巻』で以下のように記述されてらぃね。
 当石は、同所賀茂沢川の水源賀茂沢谷頭の上流ダイマチ窪から左折して登ること約三町、右折してカワゴ石沢に存在し、丈量巾一丈、長さ一丈一尺厚さ四尺の珪岩質の箱形石である。その形状の皮籠(かわご)あるいは香盒(こうご)に類似するにより皮籠石・香盒石等の称がある。その環境はその上部約三間隔てて高さ六尺一面平らな破面をなし、下部巾九尺、上部巾七尺五寸、厚さ五尺余の珪岩塊峙立し右二岩の主軸は北六十度東の方向を指して磐境(いわさか)の感じのするところである。この石が上代の祭祀趾であることは、この石を賀茂神が降臨した霊石として、維新前までは賀茂神社祭典の前夜神職はこの地に登り降神の神事を行ない、その際に用いた榊を捧持して途中のダイマチ窪に下り、ここより神輿に乗りヤスメ石に休憩し、威儀を整え賀茂神社に奉遷して翌日祭儀を行なう習俗となっていたという伝承から推定されるのである。ちなみにこのヤスメ石は高さ三尺五寸余厚さ四尺四寸余下部の巾九尺七寸、山状をなす珪岩塊である。
 幅3mの方形の石が、ほんとにそんな山中に人知れずにあるんかな?どーして何人ものその道の猛者が挑んでもめっかんねぇんかね?

 まぁオレは現地調査じゃなくって、もっぱら文献調査べぇだったんだけんど図書館で『桐生市埋蔵文化財分布地図・地名表』の賀茂の入沢の奥に「川越石」なる遺跡がプロットされてるんをめっけて「川越石」が「かわご石」と読むなら、これじゃねんかね?ってみんなに伝えたんだぃね。オレは旧新田郡領分だと燃える性分(笑)なんだけんど、ここは旧山田郡領分なんで、今ひとつ気が乗んなかったっつーことと、携帯電話も通じねぇ土地カンもねぇ八王子丘陵の谷奥に単独行するんはちっとなーってことで探検をためらってたんさね。MURYさんは都合3度この山中を訪れ、楚巒山楽会代表幹事さんたちは、ずっとこの石をめっけてたみてぇだ。でも、みんながあんなに探してもめっかんねぇってことは、きっとカスリン台風の時にでも埋まっちまったんじゃねぇきゃ?

 そんなこんなで月日は流れ・・・

 3月6日、家で桐生タイムス(夕刊なんだぃね)を何気なくめくってると12面に『廣澤町全圖』っつー1950年ごろに書かれた手書きの地図の記事が掲載されてたで。 謹んで地図を引用。
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よくみっと、そん中に捜し求めた「かわご石」の文字を発見!その部分を更に拡大してみたんが下の画像。
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「かわご石」、半世紀前には、確かにそこにあったんだぃねぇ。


 オレはたびたび登場する新井信示氏の「八王子山脈縦走記」の文中の以下の分が気になったんさね。
 入長岡から舞臺へ越える峠路(標高二百米)の西に當り分水線上に聳えて居る高雄山二百四十米の頂上からは、南に近く天王山を望み西南に入長岡の谷間、其處に鏡の様に見える三箇の大貯水池(以下略)
 「舞臺」は賀茂神社付近の小字。たぶんこの峠路は『廣澤町全圖』の実線で表記されてる道なんじゃねんか?(現在はゴルフ場によりこの峠路は使われることがなくなり廃れちまった。高尾山も現在の245m峰が妥当じゃねんかと思う)しかも『廣澤町全圖』のマーキングのされ方は、この峠道の尾根に近ぇ脇にあるようにかかれてらぃね。ならばこの石は賀茂神社側の下から詰め上がってぐよりも、尾根から下ってぎながら探索したほうがめっかるんじゃねぇか?ちょうどここはMURYさんの示されたC地点に当たるところだんべぇ。

 急ぎ楚巒山楽会代表幹事さんとMURYさんに地図の件を伝えると、楚巒山楽会代表幹事さんは早速8日(日曜)に山中を巡ってみたそーだぃね。「よくわからなかった」と8日夜にメールが来たで。(その夜に氏は自身のHPに探索の様子をアップされた)

 んじゃ、オレもちょっといって探検してみっかと思ったけんど・・・花粉症だし、今シーズンは山歩きは終わりだぃなー。かわご石探索は来年の楽しみにすっかな・・・と思ってたぃね。

 ところが

 3月10日、休みなんで家でのんびりすっかと思ってた火曜日、朝起きてメールをチェック。楚巒山楽会代表幹事さんからメールが来てた。おっ「神籠石」がめっかったん?と思いメールを読むと・・・その内容にしばし唖然。

それは楚巒山楽会代表幹事さんの奥様からの
楚巒山楽会代表幹事さんの急逝の知らせだったぃね。

 亡くなられたんは昨日(9日)との事。「神籠石」探索に八王子丘陵山中を巡ったつぐ日とは・・・。オレは楚巒山楽会代表幹事さんにリアルで会ったことはねぇんだけんど、オレの東毛漫遊山歩きに多大な影響を与えてくれた、そして八王子丘陵の謎に共に挑んだ同志。・・・オレは氏の弔いのためにも、この「神籠石」を替わってめっけて霊前に報告するんべぇやと決心。あの辺を歩って謎を解き明かすべく奮闘することが何よりの供養になるような・・・そんな気がしたんさね。いつもの山歩きより遅い時間にもかかわらず自宅を出発。目指すはMURYさんのサイトで示されたC地点。(楚巒山楽会代表幹事さんたちはB地点の石が「神籠石」じゃねぇかと考えてたようだぃね。)オレは今年は例年よりちっとんべ花粉症の症状が軽りぃんで(ランニングのおかげか?)何とかなっかなぁ。

b0004675_17315625.jpg 尾根からアプローチするため、桐生市斎場に車を停めて籾山峠を越えて、高尾山への登山口へ。誰が作ってくれたんか知らねぇけんど、県道脇に前はなかった登山口の標識があった。登ってぐと、すんげぇ急坂にはロープまで張ってくれてて、前来た時とは大違いだったぃね。整備してくれた人あんがとね。難なく高尾山(245m峰)に到着。


b0004675_1732479.jpg こっから尾根を伝って南東へ進むと、主尾根から賀茂神社裏の愛宕山まで延びてる尾根があって、この南の谷が目指すC地点になるはずだぃね。目印は主脈尾根に「桐生倶楽部」の標識。(右の画像)


b0004675_724928.jpgC地点付近の谷に下る。『廣澤町全圖』では尾根の近くにあるみてぇだし。
が・・・それらしいもんはまったく見当たらず。

『廣澤町全圖』は手書きの地図だし、この周辺をちっとサーチしてみっかと思い、いったん尾根筋に上がって一休み。
尾根の近くで右のような岩もめっけたが、ちょっと違がー気もする。

なんとなく引かれるもんがあったんで、こんだ逆の谷も下りてみることにした。


b0004675_18581192.jpg が・・・そこに広がってたんはなんと花粉症のオレに非情な仕打ち、一面の杉林orz 文字通り涙が出てきたで。おーかくしゃみも出らぁ。いつもだったらすぐに撤退してるんだけんど、今日は楚巒山楽会代表幹事さんの弔い合戦なんで奮い立って下ってみた。

 谷に下る。おーか鬱蒼とした杉林・・・昼間なんにまっさか暗くて、一人で来たんを後悔するほどの不気味さ。空がほとんど見えねんでGPSも衛星をロストして警告音が鳴る。
 シダがおーか生えてて地面も良くみぇねぇし。あたりを歩ってみたんだけんど、それらしい石はめっかんねぇな。


 諦めて谷の上の方へ目をやると・・・
 あれはなんだ?上部の一角が妙に平面の石がめぇるで。
 手で石の上に重なった泥を払ってみる。
 確かに上が真っ平の石があるで!これが「神籠石」なんきゃ!?

上が真っ平らな石!
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角度を変えて
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大きさ比較に手袋置いてみたけんど
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まわりはこんな深い谷(石に光ってるんはレンズの汚れ)
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 暗くてフラッシュを焚いて撮影。・・・でも大きさはとても3m方形には見えねぇな。全体的にみどり色がかっててるけど、珪岩なんかどうか岩石に明るくねんでわからず。この先は土砂に埋まってて、手で払うんじゃよいじゃねぇ。これが「大きな方形の石」のちょうど角の部分なんかもしんねぇし、あるいは単なる平べってぇ石なだけなんかもしんねぇ。いきなし無断で掘り起こすわけにもいがねぇし、その道具も持ちあわしてねぇし。何より杉林の中だし、おーか不気味だし、できれば早ぃく撤退してぇんもあって、デジカメ撮影を急いで、退散したぃね。いちよーGPSでもマーキングしてみた。周囲に水が湧いてなくって「谷間水源の立地」じゃねんがちっとなんだけんど、『廣澤町全圖』の地点近傍なんで、その「神籠石」の可能性もあるんじゃねぇかと思うんだけんど・・・

b0004675_17352341.jpg 尾根に戻りちっと南進すっと、やや平坦な尾根道が続く。尾根に2つの石があるところから下って沢筋(ここは日がよくあたって杉もねぇやぃね)まで下ってみたけんど、周りに岩石はめっからず。ここで探索を諦め、来た道をひっかえして戻ることにしたぃね。


b0004675_18364324.gif 【右図は、今回の行程をカシミール3Dで国土地理院「ウオッちず」公開データに、今回のGPSのルートデータを読み込み加工したものを引用。●はMURYさんご指摘のC地点付近。尾根のポイントは桐生倶楽部道標、その右のポイントが「神籠石」かもしれねぇ石だったはずだけんど・・・GPSも杉でロストしてたし位置はあってるかは疑問だぃね。】


 以上が10日の探索のすべて。「神籠石」のありかを探ってる奇特な方々がいたら、ぜひご意見くんなぃ。どうだんべか? 楚巒山楽会代表幹事さん、これ「神籠石」でいーんかねぇ?

【参考文献・サイト】
賀茂神社の神籠石」(岩石祭祀学提唱地)
神籠石/かわご石山」(やまの町 桐生)
群馬県文化財情報システム
 賀茂神社・現地案内看板 (桐生市広沢町6丁目)
『桐生市埋蔵文化財分布地図・地名表』桐生市教育委員会文化財保護課(編)桐生市教育委員会 1994
『桐生市史 上巻』桐生市史編纂委員会(編)桐生市史刊行委員会 1958
「八王子山脈縦走記」 新井信示 p9-11 『毛野時報』11号 1936
『廣澤町全圖』 作者不詳 1950年ごろ(「桐生タイムス」2009年3月6日号12面掲載)


 ・・・これまでオレの酔狂な八王子丘陵ネタにいつもコメントを下さった楚巒山楽会代表幹事こと、かわまたさん、これまでいろいろありがとうございました。ずっと桐生や太田の山の謎を共に追い求めたかったですね。11日昼休み、お弔いに参上致しました。リアルな初対面がこんな形になるなんて本当に痛恨の極みです。奥様ともお話をさせていただきました。「神籠石」、いつかきっとみつけてご報告します。

 かわまたさん、天国から眺めた東毛の山々はいかがですか?

 謹んでご冥福をお祈り致します。 合掌。


【4月30日追記】
 どーやら神籠石が同定されたようだぃね。代表幹事さんが最後に探した石だったみてぇだね。神様が最後に案内してくれたんだんべね。よかったね、代表幹事さん!
 結局、オレの探したんは全然違がーとこにある単なる平べってぇ石だったみてぇだけんど(笑)、まぁ八王子丘陵山中の散策&代表幹事さんの追悼記事として残しておくで。・・・でも「入長岡から舞臺へ越える峠路」って結局どこなん??
冬になったら、神籠石を拝みに行ぐよ。みんなしてキレイにして、神籠石の前で供養に一杯やりてぇね。

神籠石発見! (やまの町 桐生)

【5月31日追記;続編につづく】

続・賀茂神社の「神籠石」 ~ ついに神籠石を拝す (2009/5/31)
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by dr_suzuki | 2009-03-11 17:58 | 東毛(+両毛)漫遊 | Trackback | Comments(12)
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Commented by Uokazu at 2009-03-12 01:18 x
楚巒山楽会の代表幹事さん亡くなられたんですね。
こちらのページを訪れる前から、楚巒山楽会のHPはいつも楽しく拝読させていただいていました。DRさんのページからで恐縮ですが、ご冥福をお祈りさせていただきます。合掌。
Commented by 二つ山 at 2009-03-12 21:12 x
Dr.のブログに集う同好の士、楚巒山楽会代表幹事さんの急逝に合掌。本当はちっとも同好じゃねんだけど、これがネットの世界であり、無軌道庵の求心力ってやつだいね。Dr.や楚巒山楽会代表幹事さん達の超ローカル&マニアックなアカデミズムには、いつも感心していたが、何だか寂しいやいね。神籠石は、Dr.が探し当てたやつが本物なんじゃねんかな。楚巒山楽会代表幹事さんのお導きみたいなものを感じるで。
ところで、楚巒って、なんて読むん?
Commented by dr_suzuki at 2009-03-12 22:48
▼Uokazuさん
氏のHP、桐生の山のサイトなんに、吾妻山、鳴神山、茶臼山のようなメジャーな山は全然載せねぇで、マイナーな山々べぇまっさか詳しく取り上げて、洒落も効いてた稀有なサイトだったぃね。この地域としても惜しい方を失ったと思うんさね・・・
Commented by dr_suzuki at 2009-03-12 22:49
▼二つ山さん
「楚巒」は「そらん」と読むらしいで。
かわまたさんに、この記事と画像を見せたかったぃなぁ。そしたらなんてゆってくれたかなぁ。
今頃、賀茂神社の神様と石の上で一杯やってるんかなぁ・・・
Commented by MURY at 2009-03-15 12:41 x
かわまたさんご逝去から1週間が経とうとしてますね。
先週までメールのやり取りをしていたというのが今でも信じられません。神籠石の謎解きに一番近い方がなくなられたという意味でも本当残念です。

写真の神籠石候補ですが、写真の谷の輪郭からするとドンピシャの位置のようです。後は石が埋もれているかどうかですけど・・・これは現地に行かないと分からんです。
神職さんご自身ではなく、弟さんに同行してもらって判定してもらうという計画があったと、かつてかわまたさんから聞きました。どうにかならないもんでしょうか。後これもかわまたさんが言ってましたが現地に標識を立てたいですね。これが神籠石だと決まったら。未来永劫場所が分かるように監視しときたい。
Commented by dr_suzuki at 2009-03-15 23:08
▼MURYさん
本当に惜しい方をなくしました。残念至極です。
もしあれが本当に「神籠石」なら、かわまたさんの「お導き」によるものでしょう。
神社の関係者の人にぜひ鑑定してもらいたいです。
Commented by hisiyama at 2009-03-21 17:17 x
今日神籠石探索で行って来ましたが矢張りこれは納得と言えるものはありませんでした、なおC地点の付近と思われるところの水の湧いてる石にカワゴ石と書いたA4サイズのビニール製のものがぶら下がってましたが、どうも私はあの石は?です、あの水場より30㍍くらい上部の天然杉の少し上部にかなり規模のある石垣があります、単なる土留めにしても神籠石に結びつけたくなる場所です、
なお、私はそこから北北西方向の30米上部の石と思って今日も行って泥を撥ねてきましたがとてもアルミの板くらいでは到底無理だしもう泥も先日の雨で水を含み植物も水を吸い上げてるのでまた来年の乾燥時期にいってあのじぶんがあの石がと今のところ決めてますので。今日行ってきた写真を送りたいですがどのようにやっていいのかわかりません。
そらん幹事の急逝にはほんとに驚きで今でも何を相談されるのか
また自分の方から相談できる人がいないのは非常に悲しいことです、一昨年は極楽氏の遭難また今度は川股氏の急逝 なんで自分の身近の人がそして私よりもはるかに若い年齢の人たちが先に
居なくなるのか。有能な人なのでなお更です。
  始めまして東毛さんへ hisiyama 
Commented by dr_suzuki at 2009-03-21 19:48
▼hisiyamaさん
初めまして。かわまたさん経由でいろいろ資料を頂いており恐縮です。
神籠石探索ご苦労様でした。A4のビニールは小生ではありません(その表示の存在すら気づいてませんでした)ので、我々以外にも神籠石に興味がある方がいらっしゃるようですね。以前、やまの町桐生でみた絵葉書の神籠石の感じからだと、大きさもさることながら「平たさ」も重要な気がします(笑)
今後とも八王子丘陵探索でご協力・ご指導よろしくお願いします。
Commented by hisiyama at 2009-03-29 23:54 x
昨日も神籠石行ってきました、写真が送れないので取りあえず、
東毛さんの発見された石は私は異論ありです、
1-平面であっても狭いこと 2-まず正座して額が付くくらい伏してさらに榊などで御祓いのできる最低の広さは必要に思います
なんと言っても神様が降臨されるのだから、現在手がけてる石はそれなりの大きさと祭壇に使える石もありまた祭壇にしたと例えたいしは東向きだし 大きさも畳二枚くらいのかなり平らな岩です。
以上ですがもう少し掘って見ないと?です。
Commented by dr_suzuki at 2009-03-30 08:55
▼hisiyamaさん
ご苦労様でした。かわまたさんの奥様からもメールをいただきました。
小生の発見した石は、かなりの部分が埋まったままで(一人では道具もないので掘れなかった)全貌がつかめておりません。確認するとしても次の冬でしょう。hisiyamaさんの発見された石もぜひ拝見してみたいです。・・・夏の大雨で石が埋没しないことを祈るばかりです。
Commented by げきさかのぼる at 2009-04-07 19:43 x
お久しぶりです。
少し遅くなりましたが、コメントさせていただきます。
かわまたさんの急逝は、楚巒山楽会さんのHPにリンクされている方からのメールで知りました。メールを見てとても驚きました。あのHPの記事が
もう永遠に更新されないことを思うと残念でなりません。
直接お会いしたことはないのですが、何度もメールでやり取りをしていたので。ご冥福をお祈りいたします。
 上のコメントにhisiyamaさんが登場されていますが、氏の山歩きのレポートも、ほんとうに桐生の山について詳しいのでいつも感心しながら読んでいました。かわまたさんのHPが更新されないとすると、hisiyama氏の記事も新しいものが読めないってことですよね。
Commented by dr_suzuki at 2009-04-07 22:22
▼げきさかのぼるさん
お久しぶりです。
HPは有志の方々で存続されると伺っております。
かわまたさんの遺志を継いだ桐生周囲の山を語りあえるHPになるといいですね。


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