2009年 02月 27日
金山丘陵の山々の名は如何や
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太田市役所展望階より金山を望む(2008年10月)

 プチ民俗学者シリーズ(笑) 今回の記事も長ぇよ。

 八王子丘陵のことをいろいろ調べていぐと、峯それぞれに名前があるらしいことがわかったぃね。
 んじゃぁ、太田のシンボル金山丘陵にもいくつかの峯があるけんど、こっちはどうだんべか?

 太田市のサイトや現地の案内板によると金山には根本山、観音山、浅間山あるいは大・中・小八王子山とかの峯の名前があることがわかってきたぃね。でも北山コースを歩った時には、北のピークは案内板にも、その名前がなかったんさ。ピークがあれば名を知りてぇんは人情?ってもんだぃね。しかし・・・身の回りにある資料をいくら漁っても、峯の名前はわかんなかったぃね。八王子丘陵の山々と同じく、長い年月の間に忘れられちまったんかもしんねぇな。

 こないだ桐生市立図書館で『藪塚鑛泉案内』をめっけてコピー(大量(笑))してもらってた時に、おーか手持ち無沙汰なんで、郷土史の本棚に目をやったところ・・・・そこにその名もズバリ『金山』とゆう明治44年(1911)に書かれた本があったんさ。何気なく手にとってめくってみっと・・・・
 
そこにはずっと探してた金山の峯々の名が書かれてたで!

 峯の名前はもちろん各山誌、植生や名産まで書かれてる。こりゃすげぇもんめっけたなぁ。もちろんこの本もコピーを取ったのはゆうまでもねぇやぃね!

 一世紀近く前に記された『金山』より、金山の略図の写しを謹んで引用。
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 著作権も切れてるんだんべぇから全部PCで気合入れて打ち込んでみるべぇか!と思ったけんど・・・すぐに気力が萎えたorz (長ぇし、旧漢字が打ち込むんがおーか面倒なんで)

 まずは図に描かれてる山から、現在の2万5千分の一の地図と照合してってみんべぇ。(漢字は旧字体でPCで変換でぎねぇもんは新字体で入力。「;」以降はオレの注釈。 このブログでも何度か金山を散策した記事を載っけてるんでリンクしてみたで。)

實城山(金山)の一群
實城山(みじょうやま);新田神社がある頂上付近の主峰。ただし明治時代の迅速測図(1880年代)でもこのピークは「金山」と記されてらぃね。「實城山」という名称をよしとしねぇ研究家もいると聞くで。山の概要は太田市のシンボル金山 (太田市役所ホームページ) をみてくんなぃ!
・實城山の北には根本山;山頂に石祠がある。
b0004675_22105372.jpg高鳥屋山(たかどややま);現在の184m峰。以前山頂付近を歩った時は右の画像のように何もなかったぃね・・・
西山;大光院の西裏の山。
淺間山;山頂に浅間神社がある。迅速測図では「裏山」と書かれてらぃね。
八幡山;西中学校の北にある、金山南西の独立丘。古墳がある。



八王子山の一群
小・中・大八王子山、図では南・中・北八王子山;2つの呼び名があったみて。迅速図では小・大八王子山となっているだけんど。本文中の脚注によれば寛政4年の『金山絵図』では、八王子山の大・小の表記が逆になってるんだそうだぃね。今はFM TAROの送信所があるんさね。西麓に「桜の井戸」があるで。
b0004675_826787.jpg井戸ノ上山;現在山頂に休憩所(右の画像)、親水公園などがある山。
太郎四郎山(たらしねやま);受楽寺の裏の群テレ中継所のある山。この本によると当時東側には梅林があって「梅山」とも呼ばれていたようだぃね。でも迅速測図では「茶臼山」ってかかれているんだけんど??;現在の93m峰
天神山;現在山頂に高山彦九郎を祀った高山神社。この本が書かれた時には神社は南の中腹にあったとあらぃね。すでに「高山」とも文中に注釈あり。
・旧山田郡側には富士山■山(■は亀の旧字)、焼山という支脈の名。現在の旧・現国道122号周囲の山。
※八王子山・井戸ノ上山等を「東山」といふ;「東山球場」の名はこれが由来と思われらぃね。

北部の一群;長手越以北
b0004675_8161375.jpg長手ノ裏山;「こどもの国」の北に連なる山。『群馬の地名をたずねて』では「長手山」との記載もある。右の画像はこどもの国駐車場からみる125m峰。
・この峠以北の山々は名称不詳とあり、北の最果ての峰山のみ記載がある。;峰山にはいったことがあるけんど、山頂が判然としねんだぃね。(強戸口の山々
・そして西北の独立丘、米山。一名「丸山」とある。;今は丸山と書かれることが多いぃんさね。


 その他にも本文を読んでぐと、以下の山々が紹介されているんさね。

b0004675_22114796.jpg・大八王子山東に並木山;現在は大八王子山の鞍部に道が通っている。 
・井戸ノ上山東に十林木山(じぶりんぎやま);熊野神社の裏手の小丘
・實城山への「南方より正路の左に見ゆる瘤をいふ」とある梶山;現在地図でドライブウェイから分かれて金山城跡に至る破線の西側の山?
・井戸ノ上山の西麓の一小岡阜を茶臼山と稱す。;現在ジグザグの登山路があるところかな?
・亀山の東に當り桐生街道の東方に蜿▲(▲は虫へんに延)せる低丘、◆の山;◆は「塩」の旧字
・天神山の北に當り、金山登路の東に沿うて一小丘あり。これを観音山と稱す;東山球場のライト裏にある小丘で山頂に観世音があるで。(右の画像)
・根本山を一に「天神山」と稱し、其の東に続ける丘背をも観音山と稱す。その北斜面に長石と稱する長大なる岩石あり。人工のものにあらず。;確かに摩訶不思議な長ぇ石があるんさね。


・長手村から今泉村へ越ゆる「長手越」(名称は筆者の仮称とのこと);ちっと歩ってみてぇ。
・入太田から南金井に越ゆる「比丘尼坂」;戦後大きく切り通されて(松風峠)車の通行も可能。
・「笹ケ入から東に越ゆる峠」;文中には記されているが、峠の名称は不明。現在は車の通行も可能。金山キャンプ場の入口。

 おまけに「太田中学校二階ヨリ望ミタル金山丘陵群」とゆう図絵もあった。下に引用すると
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 下はカシミール3Dでオレが作成してみた現太田高校からみた金山展望。おーそっくりだぃね(笑)
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 昔の人は、周りの人とコミュニケートするために、身近な峯や峠それぞれにちゃんと名前をつけてたんだろうね。こーゆー名前って、先人が残してくれた立派な地域の文化遺産だと思うし、ずっと守っていかなくっちゃなんねぇと思うんだぃね。古い文献で掘り起こした峯の名前、ぜひまたみんなに再度浸透してぐといいやぃねぇ。皆様の金山散策にぜひお役立ててくんなぃね。

 まだまだ金山丘陵にも未踏な峯がいっぺぇ残ってらぃね。花粉の季節が終わったら、また金山を歩ってみんべぇや。

【参考文献・サイト】

『金山』 今泉訓太郎 p1-19 太田中学校校友会 1911
『群馬の地名をたずねて』 群馬地名研究会/編 上毛新聞社 1998
太田市のシンボル金山 (太田市役所ホームページ) 
歴史的農業環境閲覧システム (←1880年代の迅速測図がみられる貴重なサイト)

【重要な追記・情報】 mさん、すんげぇ情報あんがと~

 この『金山』、所蔵してるんは、国会図書館・桐生・伊勢崎だけで、群馬県立図書館にも、地元太田市立図書館にもねぇんだそうだぃね

・・・・で、すんげぇ情報!
この『金山』、国会図書館の「近代デジタルライブラリー」で公開されてるんだと!!いやぁ便利な世の中になったもんだぃね。

 近代デジタルライブラリー (国会図書館) →検索で「太田中学校」と入れてみてくんな!
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by dr_suzuki | 2009-02-27 22:41 | 東毛(+両毛)漫遊 | Trackback | Comments(6)
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Commented by 楚巒山楽会代表幹事 at 2009-03-01 00:08 x
よい。脱帽です。金山散策に、きっと、キット役立てます。とりあえず、観音山。東山球場の脇の丘、気になっていました。
Commented by dr_suzuki at 2009-03-01 17:30
▼楚巒山楽会代表幹事さま
この『金山』、国会図書館の「近代デジタルライブラリー」で見られるで(確認済) 桐生市立図書館のは巻頭の画像がなかったなぁ。いやぁしかし便利な世の中になったもんだ。
これを1世紀前にまとめた太田中学の先輩諸氏に深甚なる敬意を表します。
Commented by ざすっぱ at 2009-03-02 12:10 x
近代デジタルライブラリー凄いですね。吃驚しました。調べ物で国立図書館に行かなくてはと思っていたのですが、このサイトですぐに見ることが出来ました。プチ民族学者がザスパサポーターでよかった。費用と時間を節約できました。昨年の観戦成績6勝6敗6分でした。(天皇杯1勝)。いよいよ開幕です。J1昇格は山形に先を越されました。今年こそ昇格です。
Commented by dr_suzuki at 2009-03-02 12:48
▼ざすっぱ先生
オレの妙な道楽が先生のお役にたてて幸いです。
花粉の症状も出てきたんで、そろそろ東毛プチ民俗学者からザスパサポに戻りますかな。
ホーム開幕戦は行ぎますんで・・・って花粉症で観戦に集中でぎるんか心配。
Commented by 消えた二十二巻 at 2009-05-31 22:04 x
はじめまして、私は新田義貞及び一族の事跡をブログにて公開している者です。
今回「金山」の資料が「近代デジタルライブラリー」で見られるといった情報の記事が大変参考となりました。
探していたものが見つかり、早速、私のブログにて参考になった箇所を使わせていただきました。
大変ありがとうございました。
Commented by dr_suzuki at 2009-05-31 23:09
▼消えた二十二巻さん
はじめまして。数々の慧眼恐れ入りました。ブログこれからも拝見させていただきます。
こちらでも細々新田関連の遺跡や神社など巡ってみたいと思ってますのでよろしくです。


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