2009年 01月 14日
八幡山 (太田市上強戸町) ~ 郡村誌の山は何処に
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上強戸・八幡山(推定):強戸村第130号古墳
八幡山山頂より南に強戸村第126号古墳/第126号古墳より八幡山/強戸村第126号古墳墳丘

 オレの八王子丘陵との出会いは、亡くなっちまった祖父の梅林があった上強戸の小高い丘だったぃね。西に見える白い浅間山を見て富士山と勘違いしたのを覚えてるで。弟や友人たちと探検したりもした。鳳凰ゴルフ場の南にあった東西に連なる雑木林と桑畑が多かったあの小丘陵の名前はなんだったんだんべか?そういや今思い出しても祖父も「やま」としかゆってなかったかなぁ・・・(確かそこは「斧子」という地名とゆっていた記憶あり)

 となると紐解くのはやっぱり明治時代に編まれた上野国郡村誌。新田郡強戸邨の項にはこうある。
西北ハ北金井村成塚邨ニ連リ北ハ山田郡吉澤村ニ境ス、八幡山ヲ以テ界トス
 あの山は八幡山とゆうのか?山の項を見てみっと・・・八幡山だけ載ってらぃね。
八幡山
高五丈八尺、八王子山ノ一峯ナリ、村ノ東北ニアリ、東北山田郡吉澤村ニ属シ西北北金井村ニ属ス、樹木ハ松楢等ヲ生ス、登路二町字熊野前ヨリ上ル
b0004675_2335397.jpg 熊野前・・・上強戸には熊野神社(左の画像;「おくまんさま」とゆっていた)があらぃね。ここの境内でよく友人と遊んでいたんでよく知ってるで。確かにあそこには北の丘陵につながっている道があったぃな。しかしもはやそこいらへん一帯は「太田市北部運動公園」になっちまってて、往時の面影はおーか失われてちまったぃね。地図を見っと北部運動公園の上の道は、昔の上強戸・北金井境界付近に作られてるようだぃね。じゃあ郡村誌にあった八幡山は一体どこだったんべか?
 
 こないだ八王子丘陵の古墳群について「埼群古墳館」の管理人の昇寛氏にメールしたときに、氏が太田北部運動公園に来られ、園内の古墳のページを作成されたってことなんでさっそく拝見した。強戸村第130号古墳のページに「運動公園内最高所付近に位置し・・・(中略)・・・以前は桑畑で、墳頂部に八幡様を祀っていた。」とある。あぁあの太田市のマークの植え込みのある高台は古墳だったんかぁ。最高地点なら、もしかしたらあそこが八幡山のピークだったんかもしんねぇ。この古墳の南に「おくまんさま」があってちょうど北上してぐと第130号古墳だぃな。郡村誌の登路の記載にも合致すっかもなぁ。氏によると公園内の丘陵南端のピークには強戸村第126号古墳もあるとのことだったぃね。

 先日、代々上強戸に住む北部運動公園の整備にも関係したO氏(70代)とお話する機会があったんで、八幡山のことを聞いてみたんさね。
「八幡山ってどこにあったんですか?」「北部運動公園の太田市のマークを作った高台は古墳なんだよね。公園にするんに、ぼっこわすわけにもいかないから、ああゆうふうに展望台にしたんだけんど、あそこの古墳に八幡様が祀られてたんだよ。だからあそこを八幡山とゆってたかもね」「じゃぁそこの八幡様は公園の整備の時になくなってしまったんですね?」「いいや、八幡様はおくまんさま(熊野神社)の裏手に移したよ。公園の南にも古墳(126号墳のこと)があるよね。あのそばにあるよ」。

 吉沢の帰ぇりにO氏のお話を確かめるべく公園のロープを張った外の熊野神社の裏手に行ってみっと、確かに「白雲山」と刻まれた明和年間の石碑と石祠が2つ安置されてたぃね。(下の画像;左手後ろのピークは126号墳)
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 これまでの情報を総合すっと、郡村誌の「八幡山」は強戸村第130号古墳の可能性が高けぇやぃね太田市八幡町の八幡山や、この近くにある寺山古墳や成塚向山古墳もそうだったように、最初に手頃なピークを持つ山があって大昔の人がそこに古墳を作ったんだろうね。

 北部運動公園にやって来た多くの人が八幡山の墳丘に登って新田原を眺めてらぃね。オレも「八幡山」に上ってみた。眼下には東西に北関東道が走る。しかし時代が変わっても西に目を移すと、幼い日と同じ真っ白な円錐形の美しい浅間山が輝いてたで。

b0004675_22581818.jpg 【右図は、カシミール3Dで国土地理院「ウオッちず」公開データに、GPSのルートデータを読み込んだものを引用。右の起点は北部運動公園駐車場より。上のフラッグは強戸村第130号古墳;八幡山(推定)(北緯36度20分28秒24,東経139度21分33秒96)。下のフラッグは強戸村第126号古墳(北緯36度20分19秒69,東経139度21分31秒51) その下の神社は熊野神社。公園側の一角に八幡様の石祠あり 】


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2008年4月 芝桜満開の八幡山


【参考】
 強戸村第130号古墳 (埼群古墳館)
 強戸村第126号古墳 (埼群古墳館)

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【重要な追記:2009年2月】
太田市教育委員会文化財課で「太田市地籍集成図」(昭和63年)を閲覧させてもらったんさね。
・・・この山の南側の小字は「八幡沢」、熊野神社付近は「熊野前」だったぃね。祖父の梅林付近は「斧子」で正しかったんさ。旧新田山田郡境界のあたりは「山入」だったぃね。
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by dr_suzuki | 2009-01-14 23:09 | 東毛(+両毛)漫遊 | Trackback | Comments(2)
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Commented by 昇寛 at 2009-01-15 08:23 x
こんにちは。埼群古墳館をご覧いただきありがとうございます。太田市史と上毛古墳綜覧をもとに運動公園内の古墳を特定したのですが、地元の方のお話と一致してほっとしてます。私も公園で会った地元の方に尋ねたのですが、八幡様のことは出ませんでした。しかし、もしやと思い神社裏の石の写真はしっかり撮っておきました。これがそうだったのですね。その方は、近くで出土した石棺の石が新田之庄にある、と言ってましたが、これはまだ確かめていません。何か御存知でしょうか。
Commented by dr_suzuki at 2009-01-15 08:47
▼昇寛さん
いろいろご教示ありがとうございます。あの祠等を撮影されていたのはさすがですね。
新田乃庄に石棺あったっけかな?実家の近くなんでちっと聞いてみますね。


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