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2012年 02月 01日
さて今年も恒例の?、Nike+のチャレンジ「両毛ダービー 群馬 vs 栃木 2012」を開催するで! ![]() 北関東の永遠の宿命のライバル、群馬と栃木。今年も両県民ランナーの互いの切磋琢磨と友好を深めるんべぇや。 ■開催期間■ 2012年、サッカーJ2リーグ期間中相当の 2012年3月4日(日)から、2012年11月11日(日)までの253日間 (今年っからJ2プレーオフがあるんで11月までなんさ) ■チャレンジのルール■ ・群馬&栃木県人限定! それ以外は失格!ごめんね、ごめんねー!国外からのエントリーは即失格。 ・Nike+で「プロフィールとアクティビティを共有していない方」はエントリーしても即失格! ・新規エントリーは8月31日まで。9月1日以降の新規参加は認めず、即失格。(去年と変更あり) ■賞品■ 総合順位で2012年度ザスパ草津・栃木SCのJ2リーグの順位と同じランナー2名にはささやかな賞品を進呈予定。(チームの順位によって、受賞者が異なる変動性を今年も採用(笑)) 2012年のJ2は2チーム像の22チームなんで、受賞の可能性は1位~22位までのランナーだぃね。 Nike+やってる群馬&栃木県人の方々の参戦、待ってるで! 参戦希望は↓ Nike+ 「両毛ダービー 群馬 vs 栃木 2012」 2009、2010年はチーム群馬が連覇、昨年2011年はチーム栃木が雪辱。さて今年は? 2012年 02月 01日
今年は例年になくなっから寒みぃ。いっつも夜21時以降に走ってるんだけんど、毎回心が折れるぐれぇだぃな。2月の堀マラソンに備えて、長ぇ距離を練習すっかと思えども、寒くってついつい5kmかそこらでやめちゃうんさね。日曜に走ろうと思えば、大風吹くし orz Nike+ ■2012年1月TOTAL■■参加レース■ 第37回 太田市新田新春健康マラソン大会 (1/8) ルールはこっち! 2012年 01月 29日
![]() 新聞に新里山上の蝋梅(ロウバイ)の記事があったんで、今日は天気も良くって、こりゃ青空とのコントラストもまっさかいいだんべなぁと思って、いってみたで。山上城址の芝生の公園の周囲にロウバイがいっぺぇ植わってるって話さね。子供がちっちぇぇ頃は、何度か遊びに行ったことあるんだけんど、冬じゃなかったんで蝋梅とは気づかなかったぃなぁ。 山上城址公園到着。いやぁ赤城颪がなっから強ぇ。おまけに冷てぇんで寒みぃのなんの。赤城は雪雲で覆われてて見えねぇし。で、ロウバイ・・・思ったほど咲いてねぇじゃねーきゃ。 一番上の日当たりがいぃあたりは、まぁそこそこ咲いてるんだけんど。 今年は寒みぃんで開花が遅れてるんかな? ・・・新聞記者って、ホントに現地に行って、実際に見てから記事書いてんのかなぁ? しかも・・・からっ風が強くって枝揺れまくり・・・orz こんな日って蝋梅は画像に撮るんのまぁず難しいんだねぇ。 寒みぃんで、早々に退散さね。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 山上城跡公園 (ちず丸リンク) 2012年 01月 18日
9月に、このブログでの記事を書いてっから、旧新田・山田郡のいろんな神社仏閣を巡ってGoogleMapで分布地図をせっせと作成。今まで自分では地元を知ってたつもりでいたんに、まだまだ知らねぇ場所のどんなに多かったことか。文献調査に桐生図書館に行ったら、他のイベントで駐車場を封鎖されちまって、車を出せずに押し込め状態なんてこともあったぃなぁ。(桐生の役人の危機管理能力の欠如に辟易さね) オレが出会ったユニークな東毛の青面金剛たちを紹介してみっかな。 ![]() ・新田中江田・江田の池:エイリアンチックな手、苔生す感じもサイコーな風格ある逸品 ・世良田・普門寺:文化財にしても良いレベルの美しさ。額の蛇も秀逸 ・新里新川・熊野神社前:猿が手からぶら下がるユニークな造形 ・大間々南小東の墓地:亀に載っている(亀跌状台)大間々地区に多い それでも文献資料のデータだけだと、一人じゃどうしても見つけだせねぇ青面金剛も多くって、太田の地域SNS「おおたんネット」で協力を求めてみたで。昔からの知り合いのげきさかさんをはじめ、両毛地域の渓流や川沿いの道を知り尽くしてる岩魚さん、青面金剛を探し出す恐るべき嗅覚の持ち主、焼きそば君さんが協力して下さったんで、太田市や邑楽西部の青面金剛は95%以上探し出すことができたで!おまけに過去の文献資料に漏れてる青面金剛もいくつも探し出しちゃった。館林地区はOsatoさんが協力(パワハラともゆう:笑)してくれてデータが充実、あとは旧山田北部~旧勢多3村と邑楽東部の探索を残すべぇだし・・・当初はこりゃ一生モンの企画と思ってたんに、ネットで精鋭が集まると、あっとゆう間に完成形に近づいちゃうんだぃねぇ。 ここで皆さんから「せっかくだし調査地区を両毛に広げよう!」という機運が高まり、両毛地区に調査範囲を拡大することにしたんさね。東毛の人たちからみっと、足利や佐野って昔から馴染みもあって土地勘もあるんさねぇ。それじゃ近い将来?の道州制に備えて今からデータを集めておくとすっきゃ! とゆーわけで、従来のGoogleMapのタイトルの「東毛」を「両毛」に変更し、解説も若干の変更を加えてみたで。(URLは従来通り) ◆両毛の「青面金剛」 マップはこっち!(GoogleMapへ) 1月18日現在の進行状況は下図(GoogleMapをキャプチャ)。 ![]() 東毛のみのデータだけんど、実は既に足利・佐野も30地点以上のデータが寄せられてるんさ・・・オレが編集するんが追いつかねぇスピードでデータ増殖中・・・orz ◆両毛の「二十二夜/十九夜塔の如意輪観音」 マップはこっち!(GoogleMapへ) 1月18日現在の進行状況は下図(GoogleMapをキャプチャ)。 ![]() これも東毛のみで、未だ足利・佐野のデータは未入力なんだけんど、二十二夜(ピンク)/十九夜(紫)とゆう月待塔の文化の境界が両毛地区にあるんは極めて興味深ぇじゃねーきゃ!・・・宗教の違う民族は、なかなか一緒になれねんは世界史が証明済だけんど・・・今の時代、月待講もはぁやってねぇだんべから道州制になっても大丈夫かな?(笑) 今後も更にデータを充実させてぐ予定。オレは新田氏シンパなんで、足利はどうも足を踏み入れる機会も少なくって、全く土地勘がねぇんで、行ぐ機会が多い佐野のデータ拡充に協力してぐつもり・・・って、まだ大間々北部や勢多3郡も手付かずだしなぁ。(冬は道凍ってるんで行げねぇやぃ) 【オレの集めた東毛地区の参考文献】 『新田町の石造物と金工品(新田町誌基礎資料4号)』 1977 『薮塚本町の民俗』 群馬県教育委員会 1974 『薮塚本町誌上巻』 1992 『笠懸村誌・別巻ニ』 1983 『太田市石造美術調査報告書』 1976 『尾島町の石造遺物』 尾島町誌刊行委員会 1978 『文化財総合調査 館林市の石造文化財 館林・郷谷の石仏』 館林市教育委員会1979 『文化財総合調査 館林市の石造文化財 多々良・渡瀬の石仏』 館林市教育委員会1979 『新田郡宝泉村誌』 宝泉村誌編さん委員会 1976 『大間々町誌 / 大間々町誌編纂室編 ; 別巻7 石造物編』 大間々町誌刊行委員会1994 『上州の近世石造物2 庚申塔と月待・日待塔』 群馬県教育委員会 1986 『桐生の庚申塔』 石川博司/ともしび会 1994 『境野の石仏』 清水義男 1994 ※足利の庚申塔を全部網羅したっつー『足利の庚申塔』(田村 允彦・星野 光行 随想社 2002)があるんみて(オレは未見)すげんねー! 佐野・田沼・葛生のデータも図書館で調べねぇとな・・・ ・・・ここまでやったんだし、東毛のデータだけでもちゃんとまとめて、どっかに発表してぇやぃなぁ。 2012年 01月 08日
![]() 昨年末、鳴物入り?で発売されたヤマザキの「焼きまんじゅう風ぱん」。オレももちろん発売初日に太田のコンビニで山積みされてたんで購入したで。画像もいくつか撮ってみたんだけんど・・・三束雨さんみてぇに上手く撮れなくって・・・はぁ記事にすんのよすべぇって思ってたんだけんど、職場の多くの方々から「どーして群馬マンセーの人が、あのパンをブログで取り上げないの?」と突っ込まれ(笑)ちまったんで、Osatoさんのアイデアを拝借し、遅まきながら記事にしてみたんさね。 パンの感想は・・・「なかなかの再現性、頑張ったじゃねーきゃ!」って感じ。しっかし同時に同じ粉モノでもパンとまんじゅうは似て非なるもんだぃなぁとも思ったぃね。 撮り直しすっかって、もう一度買いに行ったら、そのコンビニに、はぁひとっつも売ってねぇしorz (発売日にあんま売れなかったんかね?) 昨日新田新春健康マラソン大会に行ぐ途中に、他のコンビニに寄ってみたら、あったんで購入したんだけんど。(家に帰ぇってきてからのカミさんからの情報じゃ、近所のスーパーで88円で特売、山積みで売ってたって話だぃね。) ・・・このパン、いったいいつまで売ってるんだんべか? 2012年 01月 08日
![]() 2012年最初のマラソン大会参戦は、今年も新田新春から。距離も短くて、まず完走できるし、何より干支の入った完走証をゲットして、十二支を全部揃えるんが目標だしね。 とはいえ、昨年12月のたてばやし駅伝転倒事件(笑)があったので、今回は自重してタイムは狙わないことにする。(やっと右手の傷が癒えたことだし)最初ゆっくり走って、後半追い上げてみて、「4kmで20分が切れるのか」を今回の目標に設定。 朝、新田陸上に参上。すでにからっ風が強い。風冷たすぎ。例年になく寒いのだけど。普段夜走っている時より寒く感じる。すでに心が折れ気味。あぁ赤城山がなっから綺麗だぃなぁ。(遠い目) 9時スタート。今日は周りに流されず、努めてゆっくり走ると肝に命じて走る。老若男女一斉のスタート。脇から小学校低学年の少年に抜かれると視界に突然現れるので、おーかびっくりするね。常にNike+でキロ4分50秒のペースを維持して走る。 北上コースへ。からっ風冷たすぎorz 例年だと前半ツッコミ過ぎで、ここは結構キツいのだけど、今回は前半は流したんで、ずいぶんと楽じゃねーきゃ。最後のトラック一周で幾分かペースを上げられ、ゴール。記録はゴール横のタイム表示の目視で20分26秒。昨年より1分近く遅くなったが、実測4.12kmだそうなんで、4km20分の目標は達成できた。要するに駅伝の時には実力不相応にツッコミ過ぎたってことだね。まぁチーム対抗戦だし、独特の雰囲気もあるんでどうしても突っ込んじゃうんだけど。 ![]() 今年もスポンサーのDydoのペットボトルを頂戴する。参加賞はピンクのタオル1本。Tシャツなんかより重宝するんでいいよ!毎年運営に携わる新田の皆様、どうもありがとう&お疲れ様でした。これで完走証も4枚。十二支のやっと三分の一。来年もエントリーするかんね! 家に戻ってNike+にデータをアップすると、今日のランで、2008年2月にNike+を始めてから4年弱で、総走行距離5000kmに到達!レベルも最終のBLACKに! ![]() オレには速く走る才能も、長い距離を走れる才能もなかったが、どうやら長く続けられる才能は備わっていたらしい。 ちょうどNike+5000km走破の節目と重なり、感慨深い大会になった。 第37回太田市新田新春健康マラソン大会 4.12km 記録 20分26秒 順位 不明 2012年 01月 02日
![]() 元日午後、初詣に近年恒例の佐野厄除大師に行ぐ。まぁ混んではいたけんど・・・午後だから参拝の列もそれほどでもなく、無事参拝完了。 厄除大師横の観光物産会館へ寄ってみた。 最近、佐野のゆるキャラになった「さのまる」。グッズが既にいっぺぇ発売されてるんだねぇ。 ![]() ![]() ![]() しかも「さのまる焼き」までできてるじゃねーきゃ!「佐野・丸焼」と間違えられられちゃうんじゃねーきゃと余計な心配。すでに「鯛焼きタイプ」と「人形焼タイプ」もあるし。佐野はフットワークいいやぃなぁ。東毛3市のゆるキャラ(おおたん、ぽんちゃん、キノピー)も、金型作って「○○焼き」作って、イベントとかで売りゃいんにねぇ。 オーソドックスなアン入りタイプを注文したみたで。 ![]() 佐野に来たんだし・・・ってことで近くのラーメン屋に入ぇり、元日から佐野ラーメン食ってたんだけんど・・・・そん時、震度4の地震に見舞われたで。長くて不気味で怖かったぃねぇ。今年はこれ以上の地震はカンベン願いたぃやねぇ。 ・・・相変らずの迷走ネタのこのブログだけんど、2012年もどうかよろしくたのまぃ! Tags:#両毛漫遊~佐野・足利
2012年 01月 01日
2011年 12月 31日
一昨日のランで12月も目標の100km超/月達成。これで28ヶ月連続~!しかし今月はたてばやし駅伝で無残な姿を晒しちゃったんでなぁ(笑) 鍛錬してても老化には勝てねぇなぁ。 Nike+ ■2011年12月TOTAL■ ![]() ■参加レース■ 第29回 たてばやし駅伝大会 (12/11) 2011年走行距離合計 1314.21km 2011年も目標の1200km/年を上回れたもんの、昨年より10数キロ減。震災とかいろいろあったけんどそれでも1年の約2/3の日に欠かさずランニングした自分の愚直さを、まぁずほめようじゃねーきゃ。ハーフマラソンも散々な結果だけんど、2月の桐生堀マラソンと、10月の上州太田スバルマラソンをいちよー完走できたし。来年はこれ以上老化に拍車がかかんねぇように鍛えてぐとすっか。 それでは皆さん、良いお年を! 2011年 12月 26日
![]() 話は八王子丘陵の藪尾根探検進撃前へ戻るで。 八王子丘陵の探検の前に、まずは湯ノ入地区での山歩きの安全を祈念し、湯ノ入の鎮守である温泉神社に参拝することにした。実はオレはまだ温泉神社に行ったことがなかったんさね。こっから湧出する冷泉が「藪塚温泉(鉱泉)」の源泉になってるって話だぃね。・・・そういやよく考えっと、オレ薮塚温泉に、はぁ40年ぐれぇ入ったことがねぇや。 かの田山花袋が『東京近郊一日の行楽』(1923)や『温泉めぐり』(1926初版)で、山向こうの西長岡鉱泉を絶賛してるんに比べて、薮塚鉱泉は結構辛辣に書かれてるんだぃねぇ。でも両鉱泉ともに「胃腸と神経痛には効能がある」と評価も高ぇんさ。このブログでもよく取り上げてる『藪塚鉱泉案内』は1926年発行で『温泉めぐり』とほぼ同時期に出てるんさね。その当時は、この辺は花袋に取り上がられて、しかも東京近郊の手軽な鉱泉地として、まさに一世風靡してた時代なんだんべねぇ。 その前の明治初期の『上野国郡村誌』新田郡藪塚邨 ではどうかとゆうと、こう紹介されてるで。 冷泉 げきささかんと温泉神社へ。県道の脇に石碑が建ってるんだけんど、車だと駐車場がねぇやぃね。 ![]() やっぱ温泉には伝説が重要さね 参道の脇に、横穴があるんだけんど、これは古墳なんだんべか?境内には『藪塚本町誌・上』(1992)では寛文年間とされる、上の元文の時代より半世紀古りぃ庚申塔があるんさね。(主尊が青面金剛じゃなくって地蔵タイプ。半分埋んまってるけんど)こりゃなかなか由緒ありそうな神社じゃねーきゃ。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 参道の石段/拝殿/境内の石仏群 地蔵型庚申塔(古りぃもんで貴重なんさ)/失敬して薬師堂内を撮影/温泉標識 そして、げきさかさんと2人、拝殿に参拝して、八王子丘陵の藪尾根に進撃するのであった・・・(この神社のある山は「鎮守山」とゆうらしいんだけんど、後からGPSデータでみっとピークを踏んでなかったぃね orz) オレも今度ぁ久々に効能抜群ってゆぅ薮塚温泉に入ぇってみるとすっかな。ふ◯じまの日帰り入浴がもうちっと安しぃといんだけんどね。 【参考文献】 田山花袋 『東京近郊一日の行楽』 「藪塚と西長岡」 p123-126 博文館 1923 →国立国会図書館・近代デジタル化ライブラリーで読めるで。 田山花袋 『温泉めぐり』十五~十七、1926 (岩波文庫(復刻)2007) 今井武八郎 『藪塚鑛泉案内』北新鑛泉同業組合事務所発行 1926 『上野国郡村誌』新田郡藪塚邨 『藪塚本町誌 上巻』 薮塚本町誌編纂室 薮塚本町誌刊行委員会 薮塚本町 1992 『藪塚山地名一覧表(俗称)』 藪塚本町誌編纂室 1983 藪塚本町山と緑の会会報 『ニュース山と緑』 『藪塚本町古地名古道名地図』 群馬県歴史散歩の会藪塚本町支部 1998 2011年 12月 25日
![]() 23日、八王子丘陵探検を終えて、げきさかさんと寄合町に最近できた「ミモザの森」の中のカフェ、「Cafe空」へ。男二人には不似合いの?おシャレなカフェさね。 ケーキセットを注文。 シフォンケーキ、うんまぃ! そしてコーヒー片手に、実にディープな八王子丘陵談義(笑) げきさかさん、あんがと!ぜひまた東毛の山々にご一緒に! ![]() ![]() ![]() 空cafe (公式ブログ) 2011年 12月 23日
東毛漫遊山歩き、ホーム八王子丘陵編。今回は、この1年の総括なんでおーか長ぇよ。 昨秋、275m峰を訪ね、ここが「根元山」であるという確信を強め、考察をまとめ、このブログで公開。その後それに関する文献を図書館で片っ端から集めてみたで。 まずは『藪塚鉱泉案内』 (1926)を再度熟読。以下の記述を発見。 (惟高親王が西長岡に)七社の神も奉祠なされた。稲荷神社、日吉神社、熊野神社、諏訪神社、八幡神社、雷電神社、根本神社の七社である根本神社があるってことは、根本山もきっとあるに違げねぇやぃな。根本信仰があるってことは、名前も根元よりは根本のほうがふさわしんかもしんねぇ。 『太田市史』通史編 民俗(下巻) p205 (1985) にも以下の記述を発見。 西長岡では、4月15日の春祭りの日の朝、ムラ境を中心に梵前(梵天)をたてている。(中略)梵前をたてる場所は、西長岡のムラ境と、ムラ内の菅原神社・雷電様・三峯様・根本様・山王様・弁天様の境内である。ここで注目したいんは「根本様」はムラ境じゃなくって、「ムラ内」にあるってことだぃね。山頂に祠があるんじゃなくって、山頂のちょっと下とかにある可能性もあるってことだぃね。でも桐生の奥の本家の根本山も山頂の下に神社があるんだけんど、山全体が根本山って呼ばれてるんだしなぁ。 さらに文献を漁ってみた。 『上毛及上毛人』210號(昭和9年;1934)の中に石原義令「新田郡藪塚本町の史蹟」p52-53に「八王子山」の項目があり以下の記述を発見。 八王子山しっかり根本山があるじゃねーきゃ!石原義令氏は笠懸鹿田赤城神社の神官を務めてた人のようで、これ以前の『上毛及上毛人』で「新田郡笠懸村の史蹟」を2号にわたって投稿してるんさね。どうして笠懸の神官が、藪塚の史蹟を投稿したんかはわかんねぇし、その上、藪塚エリアのほか、強戸エリアの山まで記述してるんだぃな。いずれにせよ、当時の笠懸の郷土史家が「根本山」を知っていたとなると、当時北新田郡内ではある程度「根本山」もネームバリューがあったんかもしれねぇなぁ。 さらにあの岩澤正作先生の紀行文を発見。『上毛及上毛人』第72號(大正12年;1923) 岩澤正作「史蹟踏査廣澤村次の三日(三)」 p14 (旧字は現在の漢字に改め) 此の南走する小径を三四十間辿ると北西より来れる小径がある。尚数十間下ると右側に庚申塔を建て、前に畧東西に通ずる里道がある。是は廣澤村字姥澤から藪塚に通ずるものである。275m峰は「南方の小丘」って素っ気なく記述されてらぃな。旧山田エリアの人にはどうでもよかったんかな。岩澤先生なら山名知ってたら絶対書いてたんべ。 まぁそんなこんなで春になって・・・げきさかのぼるさんから衝撃のメールを頂戴した。八王子丘陵を散策したら、あの見晴らしの良いところの樹に「御所山」の掲示が出ていると・・・!(右)どんなに調べても、ブログで情報を発信しても、所詮は「ごまめの歯ぎしり」ってことなんか・・・このままじゃそのうちここに御所山のプレートが付けられ、後の世に間違った名前が伝えられちまうじゃねーきゃ!これは何としても阻止しなくてはならん。とはいえ、こんな一介のなんちゃって郷土史家のゆうことなんか太田市は取り合ってくれねぇだんべなぁ。 最後は両毛の生んだ政治家・田中正造翁のように太田市長に直訴っきゃねぇかなぁ。 直訴・・・!?そうか!その手があった! それが幸運にも市長の目に留まって、オレのブログでの考察も読んで下さったみてぇだ。「詳しく調べるので文化財課から連絡する」とのツィートも頂戴した。さすが太田市!仕事が早い!そして以前、小字調査でお世話になった文化財課のE氏から連絡を頂戴した。そして6月初旬、太田市文化財課でE氏と面談。こちらがこれまで集めた資料をすべて持参したんだけんど、そこに待っていたのは・・・こちらの倍はあろうかとゆう、まさに垂涎の資料!やっぱり市のプロが集めると資料の濃さが違がぁぃなぁ。特にいくつかの図書館を巡っても探しだすことができなかった「西長岡鉱泉長生館の絵図」があったんはすげぇ感激!(なんとこの持ち主の某氏はオレのブログを読んで下さってて快くご提供下さったそうだぃね。ありがとうございます!) 謹んで絵図を引用・・・(ただし縮小して) 一部拡大すっと (ただ雷電山が茶臼山となってるんだけんど長岡ではそうよばれてたんきゃ!?それとも誤認? 「切通シ」は現在の籾山峠だんべなぁ 文化財課の話だと藪塚側からは275m峰地点に関する地名がねんだそうだぃね。まぁ藪塚の人にとっては、廣澤に抜けるんは八王子越えか籾山峠を通ればいんで、わざわざその真中にあるこの小丘なんか普段通ってなかったんだんべね。聳える高さの山だったら登ってみんべぇって考えも生まれたんだんべけんど、主尾根とはいえ大した標高差じゃねぇし、まるっきし興味の対象外だったんかもしんねぇね。西長岡で根本山といってた地点(旧最高地点)のことは尾根道が分岐すっから「追分」とゆってたみてぇだけんど。 文化財課での会合は実に有意義だったで。その後、文化財課からあのピークは「根本(根元)山」の可能性が高いと工事課に伝えられたらしく、6.14付けであの樹の表示にも御所山のテープを貼って「根元山」の表記に訂正されたんだそうだぃね。(この時は『藪塚鉱泉案内』の絵図の表記に準じ「根元山」としていた。頂いた証拠の画像は右)いやぁよかったよかった。これでひとまず安心きゃ!?冬になったらもう一度登って樹の表記見てみなくっちゃなぁ。そうこうしていたら10月末に太田市長から八王子丘陵遊歩道の視察に誘われたんさ。喜び勇んで行ぐと、現地で渡された地図には、未だにあそこに「御所山」が誤記されたまんま・・・orz 大丈夫なんか?工事課の人たちにも直訴してみたんだけんど、聞いてくれたかなぁ。そして12月中旬、E氏から山名の考察を「根本山」として工事課に改めて文書として正式提出したとの連絡を頂戴したで。 考察には多くの文献資料や地図資料が添付され、結論としては「旧太田・藪塚・桐生の3境界(「追分」)は狭義の「根本山」であるが、その少し北になる現・太田市最高地点275mも現段階では「根本山」が適当である。表記も根本様が根本信仰に基づくものであり「根元」の表記よりは「根本」が適切」とゆうことだったぃね。 あぁやっとここまでたどり着いたで!文化財課、GJ! じゃ、ここまで来たらオレが行方不明の根本の石祠を探し出し、動かぬ証拠をゲットして、更にその結論を補完しようじゃねーきゃ。 探索計画は、温泉神社→雷電山→尾根伝いに「追分;狭義の根本山」→275m峰(根本山)とゆうルート。戦後すぐの航空写真をみると雷電山→追分は、山の木々も戦争で供出されたあとなんか、樹が殆ど無くって尾根に綺麗な道が見えるんだけんど、前、雷電山に登った時は、そんな道があるとはとてもみえなかったで。折角なんでこの一連の出来事をよく知っている、げきさかのぼるさんをお誘いしてこのルートにアタックすることにしたで。(そういやオレ、八王子丘陵の「探検」でパーティを組むんは初めてだぃな) 23日朝、三島神社の駐車場で落ち合い、徒歩でやぶつか温泉街へ。温泉街には一見さん用の駐車場がなくって残念。八王子丘陵散策の基地として、ハイキング目的の人の駐車場もぜひ整備してほしいやぃなぁ。 温泉神社(改めて後述予定)に参拝。神社右手からアタック開始。すぐに篠竹の藪になり行く手を阻まれちまう。その昔は日照りん時は里から登って雷電山の雷電宮の石祠で雨乞いの何日も祈祷をしたそうだそうだぃね。 『藪塚本町の民俗』(1974) p82にはこんな記述があるで。 雨乞い一昔前は湯ノ入から雷電山までそれなりの道はあったんだろうけんど、今は雨乞いなんかしねぇし(しねぇよね?)、県道もあるんで雷電山にこんなルートで行ぐ人なんて少ねんだんべなぁ。2人で藪に悪戦苦闘しながら山中を登ると、目の前に雷電宮の石祠が現れた!久しぶりの再会。明和四年の銘がわかる。 ![]() こっからゴルフ場を右手に見て北の主尾根を目指す・・・ところがこれが予想以上のキョーレツな篠竹の藪。2人で尾根を外さねぇように進む。もはや蛮勇で藪を突っ切るのみ。げきさかさんがいなかったら、心が折れてすぐに撤退しちまってたんべなぁ。久々の手強い藪漕ぎ。途中、すんげぇでっけぇ岩があった。こーゆーところには祠がありそうだけんど、2人で丹念に探すがめっからず。尾根は本当に手強い藪だらけ。更に進むと右手にちょっとした平坦地があった。祠を置くには十分なスペースがあったけんど・・・ここにも祠はめっからず。 そんなこんなで藪と格闘しながら登りつめると八王子丘陵主尾根に出た。(追分;旧太田市最高地点;狭義の根本山)この周辺も2人で丹念に見たんだけんど、石祠らしいもんはまったくめっかんなかった。2人で275m峰に行ぐ。工事課が樹に巻いた表示は剥がれずにちゃんと残ってたで。東屋建設予定地点からは八王子丘陵屈指の展望。空気が澄んでて秩父連峰や浅間山がおーかよくめぇる。ここはぜひ御所山じゃなくってちゃんと「根本山」のプレートを作ってくんなぃね>工事課の方々。 ![]() ![]() 子供の頃、浅間山を富士山と間違えていたんはナイショだ(笑) 帰ぇりは、石尊コースで、石尊宮、十一面観音(左)、勝負沼を経て温泉神社へ。げきさかさん、オレの道楽に快くつきあってくれて本当にどうもありがとう。結局、石祠は探しだすことができなかったんは残念だったけんど、有意義な八王子丘陵探検だったぃね。・・・いやぁ今日はマジ探検だったぃ。 ![]() 【上図は、この行程をカシミール3Dで国土地理院「ウオッちず」公開データに、今回のGPSのルートデータを読み込み加工したものを引用。温泉神社から東へ。最初のフラッグは雷電山石祠、尾根途中のフラッグマークは藪の中の大きな岩。(絵図の「石尊山」ってこれを指すんかなぁ?) 尾根のフラッグは東屋建設予定地・・・無線のAPRSのデータは設定ミスで位置情報を発信できず失敗しちゃったorz 】 【参考文献】 『藪塚山地名一覧表(俗称)』 藪塚本町誌編纂室 1983 藪塚本町山と緑の会会報 『ニュース山と緑』 『藪塚本町古地名古道名地図』 群馬県歴史散歩の会藪塚本町支部 1998 今井武八郎 『藪塚鑛泉案内』 p16 北新鑛泉同業組合事務所発行 1926 『太田市史』通史編 民俗(下巻) p205 太田市編・発行 1985 石原義令 「新田郡藪塚本町の史蹟」 p52-53 『上毛及上毛人』第210號 上毛郷土史研究会 1934 岩澤正作 「史蹟踏査廣澤村次の三日(三)」p14 『上毛及上毛人』第72號 上毛郷土史研究会 1923 『薮塚本町の民俗』 p82 1974 2011年 12月 21日
東京に出張で最終戦に行ぐことがでぎなかったんで、栃木を粉砕したあの一戦をみられなかったんが、まぁず心残りさね。今年観戦したJ2リーグ戦は、3勝2分4敗・・・負け越し。家事都合もあってU-23の試合を含めてやっと10試合さね。観た中で印象深ぇ試合は、最後に残り5分で逆転勝ちした第36節札幌戦かね。 第1節 ● 1-2 栃木SC 03/06 栃木県グリーンスタジアム(A) 第12節 ◯ 2-1 FC東京 05/14 正田醤油スタジアム群馬(H) 第17節 ● 2-4 京都サンガF.C. 06/19 正田醤油スタジアム群馬(H) 第19節 ● 1-2 水戸ホーリーホック 07/02 正田醤油スタジアム群馬(H) 第21節 ● 0-5 ガイナーレ鳥取 07/18 正田醤油スタジアム群馬(H) 第23節 △ 0-0 サガン鳥栖 07/31 正田醤油スタジアム群馬(H) 第25節 ◯ 1-0 湘南ベルマーレ 08/21 正田醤油スタジアム群馬(H) 第27節 △ 0-0 東京ヴェルディ 09/11 熊谷スポーツ文化公園陸上競技場(H) 第36節 ◯ 2-1 コンサドーレ札幌 11/20 正田醤油スタジアム群馬(H) 【U-23】 会長杯決勝 ● 0-6 アルテ高崎 08/28 群馬県立敷島公園サッカーラグビー場 来年は松本と町田が加わって22チーム、J2プレーオフも始まるんだけんど・・・「J1ライセンス」は今のまんまじゃ苦しいんかねぇ。まぁそれ以前に、またチームを1っから作り直しだかんなぁ・・・昇格より、降格のほうが心配のタネだぃなぁ・・・どーなることやら。来年は群馬でまっと盛り上げるためにも、安価なレプリカユニホームの発売を切に希望。 プチ旅行も兼ねて、また近県のアウェイ遠征も計画してみっかね・・・鉄路で(笑) ※謹告 J2昇格してっから、これまでいちよー全試合をブログでコメントしてきたんだけんど、最近どうも疲れ気味(笑)なんで、来季っから、実際に観戦した試合だけブログ記事にする方針に変更するで。 【2011年のUKFC】 第1節 栃木1-0草津 (栃木がUKFC第8代王者に) 第15節 栃木0-0水戸 (栃木がタイトル防衛) 第19節 草津1-2水戸 第33節 水戸2-2草津 第36節 水戸0-1栃木 (栃木が2度目のタイトル防衛) 第38節 草津4-0栃木 (草津がUKFC第9代王者に) 2011年 12月 19日
![]() 言いたいこともあるだろう 不満のこともあるだろう 腹のたつこともあるだろう 泣きたいこともあるだろう これらをじっとこらえてゆくのが「夢と魔法の王国」での「オヤジの修行」である 12月18日、千葉県浦安市にて 今年もオヤジ道のステージを高めるため 再び冬至近くの家族でネズミーランドに修行に行ぐ。 本来は4日に予定してたんだけんど、都合で18日に変更。 まっと寒くなるんは必至。 当初の天気予報では日曜は寒波襲来で・・・って話で気が滅入ってたんだけんど 寒気が緩んで、風も穏やかな予想外の好日・・・こりゃオレたち「もってる」んなぁ。 はぁ子供もでっかくなって、パレードにも興味がなくなったんで 寒空の下パレードの場所取りもしなくて済むようになったし。 小っちゃな子供をパレード中ずっと肩車して「修行中」の 見ず知らずのオヤジたちの姿。 心からの同情半分 なのに なんだかあの頃を妙に懐かしくも感じる自分に気づく。 これが浦安のオヤジの修行の「解脱」ってことなんかもなぁ。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 2011年 12月 17日
![]() 図書館でめっけた文献で青面金剛があるってゆうんで大泉町吉田の青麻神社に行ってみたで・・・まず白状すっと、なんて読むんかわかんなかったぃ。「あおそじんじゃ」って読むらしいんさね。(地図サイトによっては「青麻三光宮」って書いてあるんさね。オレの車のカーナビもそうだったぃね) まずは由緒書が鳥居の脇にあったんで、みてもらうんべぇか。 ![]() 脳卒中は、中気とか中風と呼ばれてて、中気の『気』は、体の内部環境のようなもので、中気は、気が当たって倒れる病とされてたんさね。(同じような言葉の用法として『毒』に当たれば「中毒」ってことさね)今でも年寄りは良く「中気」や「中風」って言葉を使うんだよよねー。(群馬だけじゃなくって全国的にだで) 今風に言えば、脳血管障害の後遺症である半身不随、片麻痺、言語障害、手足の痺れや麻痺などを指す言葉っつーことかね。 まぁ脳卒中は今の時代でも早期治療をしなくっちゃダメだけんど、この神社の田沼源内清房は快癒したってことは症状が軽かったんかねぇ。まぁ医学が発達してなかった時代には、突然発症する中風は今以上に怖ぇ病気だったんだんべなぁ。 境内には大泉町最古の庚申塔(寛文9年:1670;大泉町指定重要民俗資料)はじめ、レアな石仏多数さね。享保元年の青面金剛が今回の目的だったんだけんど。 ![]() 左より享保元年(1716)/年代不明/寛文9年(1670) 青麻神社 (ちず丸リンク) 【参考】 青麻神社 (宮城にある青麻神社・三光神社の総本社) ・・・今度ぁ、東毛の医学系神社仏閣、石仏・祠も蒐集してぐとすっかな。 最近読んだ本↓ おもしろかったで。 2011年 12月 14日
![]() 青龍神社の角の道を北上すると、館林観光協会のまちなか散策ガイドでも紹介されてる旧二業見番組合事務所があるんさ。GoogleMapだと本町二丁目東区民会館、ちず丸だと東区民会館とされてらぃね。 駅近くにあった案内板によると 旧肴町に所在。昭和13年の建築。二業とは芸妓屋業、甲種料理店業の2つ。カーブが美しい左右対称の屋根の外観と、2階の舞踊の練習舞台などが特徴的で、貴重な建物である。この界隈は昔はたいそうな歓楽街だったんだんべなぁ。左右対称でなかなか味のある立派な建物さね。東毛じゃきっと貴重なもんじゃねんきゃ。2階の舞踊の練習舞台ってゆーんもどうなってるんかなぁ。こんなカッコいい建物を区民会館で使える住民は幸せだぃねぇ。高さが足りなくって、そのシンメトリーな屋根の具合も上手く撮れてねぇけんど、まぁ訪問記録として載せてみっかな。 ![]() 惜しむらくは入口のダンボールの束。なんだかいただけねぇやぃな。まちなか散策で観光客寄らせるんべぇっつんなら、せめて週末だけでも片付けて「見栄え」は良くしなくっちゃね。>観光協会 せっかく風情のある建物なんにもったいねぇやぃね。 おおっ!はぁこんな時間きゃ。駅伝仲間と合流しなくっちゃ!・・・ってことで陸上競技場に急いだぃね。(この後、たてばやし駅伝は想定外の悲惨な結末だったぃね・・・ 館林の神仏へのお参りが足んなかったんかな?) 館林まちなか散策の続きは、またいつか。 (12月11日館林散策編、了) 旧二業見番組合事務所 (←このあたり:ちず丸リンク) まちなか散策ガイド (館林観光協会) Tags:#東毛漫遊~館林・邑楽
2011年 12月 14日
![]() 信号を渡って、県道57号に出て、東へ。 街角にある小さな社、青龍神社に寄ってみたで。 ちっちゃくても入口には立派な「三葉葵の紋」があるで。 その謂れは撮影してきた現地の案内板を見てもらうとすっか。 ![]() ![]() この鋳物の龍の口から出てる水って・・・井戸水なんきゃ・・・! ・・・キホン的なことなんだけど、「青龍」って「せいりゅう」それとも「しょうりゅう」、どっちなんかな?(ふりがなふってねんさね) ・・・さて、ここをも少し北に行ってもうひとつのポイントに行ってみんべぇ。 (つづく) 青龍神社 (←このあたり:ちず丸リンク) 2011年 12月 14日
12月11日たてばやし駅伝に出場するため、久々に館林へ。せっかく館林に行ぐんだから、駅伝会場になってる陸上競技場まで歩ってぎながら市内観光もしてってみんべぇか。 9時過ぎに伊勢崎線普通列車で館林駅に到着。市営の駅前駐車場の脇に「まちなか散策」の案内板があるんを発見。(もうちっと目立つ所にあったほうがいんじゃねんかとも思うだけんど・・・)本町周辺には、いろんな知らねぇスポットがあるんがわからぃね。まぁ館林は城下町だったんで、古りぃもんがたくさんあるんだんべな。そっからまずそばの「竜の井」に寄ってみたんだけんど、今風の作りであんまり歴史的風合いが感じられねんで・・・省略。次は散策の推奨コースから外れて、図書館で調べた資料で青面金剛があるって確認した駅から近ぇ大道寺へ。山門の外に青面金剛2基発見。さっそく画像に収め今日の最低限の目標は達成! ![]() ![]() ![]() ・・・せっかくなんで駅伝の集合時間まで道すがら、この辺りの観光スポットを巡ってみっか。 大道寺からちっと東に行って、北の路地裏に入ぇると「青梅天満宮」があったんさ。(「まちなか散策ガイド」には載ってねぇスポット) ![]() 東の谷越商店街から鳥居や山門を通って拝殿まで行ぐんが正式なんだんべけんど、いきなし拝殿の横にでちまったぃ。 菅原道真公が左遷されたときに投げた四つの梅の実の一つがこの地へ飛び、青梅天満宮となったという言い伝えの残る神社だそうだぃね。(ちなみに4か所とは花久里梅(島根県)、飛梅(福岡県)、四季梅(香川県)、青梅(群馬県)) ・・・でも「天満宮」ってゆうと、オレはどうしても桐生天神町の天満宮を思い出しちゃうんだぃなぁ。館林にもこんな由緒ある謂れの天満宮があったんだねぇ。まっとメジャーにすりゃいんにねぇ。 社殿前のご神木は枯れちゃってるんだけんど、これは梅の木だったんかな? ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 鳥居の前の石碑に「日本四社 青梅天満宮」/奥には朱色に塗られた山門/ご神木(枯れてる) 青梅天満宮(ちず丸リンク) さて、次のスポットに行ってみんべぇ。 (つづく) 2011年 12月 11日
今年も忘年会を兼ねた、「たてばやし駅伝」の季節がやってきた。昨年は職場で2チーム対抗戦でやったが、さすがに懲りたのか参加希望者が少なくなり、1チームでのエントリー。しかしこのチーム5人は過去のたてばやし駅伝で全員4km・20分を切っているメンバー。職場のセクションの、これはまさに上位進出を目論む「ドリームチーム」(笑) エントリーは一般男子20km(一人4kmx5人;館林陸上競技場からつつじケ岡公園の集会コース)ではいつものようにメンバーを紹介しよう。 第1走 チームのエースN君。(3度目出場:コースベスト17′55″) ドリームチームの浮沈をかけ、1走に抜擢(1走だけ200m余計に加算される) 一昨年はスタート前に、トイレに行っていて危うく失格となるところであったが、それだけに今年はまずしっかりと準備ぬかりなくスタートラインに立ちたい。 第2走 フジミの男、「つの」君。(2回目出場:ベスト19′45″)先日のスバルマラソンハーフのゴール後、熱中症となり救護班のお世話になった伝説を残す。そんな訳でマラソンはドクターストップを言い渡されていたが、冬季の4kmのレースならばと特例で参加を許される。しかし前夜、皆既月食を見ようとして自宅階段の角に、左足親指を痛打し、爪先より出血というアクシデント。 第3走 監督兼任のT君。(3回目出場:ベスト18′36″)お決まりのたてばやし駅伝のみの現役復帰。「今年ですか?もちろんDSもPSPも持って行きませんよ。若いころ走ってたんで、皆さんとは違って『貯金』がありますからね。自分が17分台で走ればいいんですね?」と余裕なコメント。単なるビッグマウスなのか、密かに練習しているのか? 第4走 館林のS君こと、Osato君。(3回目出場:ベスト19′39) 過去2回の5走から今回初めて4走に。「初めてタスキを後ろにつなげるポジションになりました!今回の目標は次にタスキをつなぐことです!」と殊勝な発言。練習に余念がなかったが、10日前に持病の腰痛が再発。直前練習はできず、不安な本番を迎える。 第5走 チーム唯一の不惑越えのオレ(3回目出場;ベスト19′05″)「敬老」ということでアンカーにさせてもらう。とはいえ普段の練習量は間違いなく5人の中で一番なのだが・・・昨年は一昨年のベストより30秒遅れ、更には最近のランニング大会で腸脛靭帯痛になったり、足が攣ったり、走るたびにタイムも悪くなりと、老化は隠せない。実はせっかく館林に行くんだし陸上競技場に行くまでに、石仏を撮影しなくては・・・と密かに企んでいる。 もし5人が5人とも自己ベストに近い成績を収められたら、去年と同じ条件であれば参加チーム中ちょうど真ん中ぐらいの成績になるはず。ひょっとしたらAクラス入りもできるかもしれない。ただ今年はつつじケ岡公園の改修工事で若干コースが変更となり、沼辺を走る区間が増えているという。からっ風にならないといいのだが・・・ 11日、快晴。風も弱く絶好の駅伝日和。東武桐生線で太田経由で館林に向かう。現地のOsato君からTwitterで情報。今年の参加チームは103チームとのこと。昨年より増えてるし・・・どうかネタチームが増えてますように・・・ 館林駅到着。せっかく館林に来たのだし、歩いて市内観光(あとでブログ記事にする予定)しながら10時頃に陸上競技場到着。すでに小学生ランナー&応援の父兄の熱気に溢れている。なぜか聞こえる「八木節」(笑)おぉ八木節踊りやってるし・・・まぁ遠くから来た人たちに地元のアピールにもなるし、何より両毛地区のソウルミュージックなんで、これはこれでテンションが上がっていいやぃ。チームメンバーと落ち合い、いつものあたりに陣取って・・・ユニホームに着替える。さて今年のユニホームは他のチームにかぶらず、そして目立つようにと「ピンクの迷彩」を着用。そもそも「迷彩」って目立たないようにする柄じゃないのか・・・でもこれ200m先からでも完全にロックオンされるほど目立つぞ(笑) ![]() 11時男子の部スタート。さすがの精鋭揃いの1走集団、皆速すぎorz。エースN君は若干抑え気味なのか、後ろの集団に吸収されている。だんだん北風が強くなってきた。N君が帰ってきた。本人は不本意だったらしく「今年はコースが変更になってて、沼から川沿いの向かい風になる区間が増えてます。これはキツイですよ」とコメント。2走「つの」君スタート。この日のために鍛えていたのか、根性なのか、いい走り。「爪先が痛くて限界です」と見せてくれた靴下には血が滲んでいた。やるなぁ!男を見せてもらったぜ!3走のT君は、お約束のゴール後倒れこむパフォーマンス。「いやぁつらかった。歩いちゃいました」・・・結局若い頃の『貯金』はすでに枯渇し、「ビッグマウス」なだけなことが判明(笑) 4走、Osato君も無事タスキをオレにつないだ「疲れました。本当に調子悪くて。もうボロボロ」と後に語る。ここまでタイムはメンバー全員20分切りをしているようだ。ここでオレも自己ベストを叩き出してやろうじゃねーきゃ!と脱兎の如く走り始めたのだが・・・N君の前を通った時「ペース早すぎ!もっと抑えて!」と忠告を受ける。しかしオレは後半追い上げるという技量など持っていないので、どうしても飛ばしてしまう。そして1kmほど走った、つつじヶ岡公園に入っての最初の直線で・・・激しく転倒orz。・・・どうしてそうなったのか、自分でもよくわからない。飛ばしすぎで足がもつれたのか・・・?これで右手の掌と左肘を激しく擦りむき、左膝も痛打。これで激しく心が折れてしまった。気を取り直して走り始めたが、左膝は痛いわ、掌はいくつも出血してヒリヒリするは・・・公園正門を曲って園内を走る所で、Nike+Sportsbandでペースをチェックしようと視線をちょっと脇に逸らしたら、道路の舗装の切れ目に足をかけ、再び転倒orz。このダメージは最初の転倒ほどでもなかったが、そばに係の人がいて駆け寄られてしまう。カッコ悪くて恥ずかしく「大丈夫です。大丈夫です」とテレ隠しして再び走り始める。どうして2回もコケてるんだろ、オレ?情けねぇったらありゃしない。これが老化ということなのか?もう気力削がれまくり。チーム対抗の駅伝じゃなかったら間違いなく歩いてしまっただろう。そして川沿いの道は、情報通りの向かい風orz もうダメだ。自己ベストなど望むべくもない。体力も削がれているが、それ以上に予想外の2度の転倒で大きく気力を削がれてしまった。こんな結末になるとは思ってもいなかった。何とかそれでも一度も歩くことなくゴールまで辿り着く。 ゴール後、メンバーたちに「血だら真っ赤」の手を見せたら「いやぁ今年の『たてばやし駅伝伝説』はこれで決まりですね!(笑)」とバッサリ切り捨てられた(笑) 帰りはみんなで館林の名店の誉れ高い「福よし」で打ち上げ。カロリー補給ってことで「特選厚切りロースかつ定食」を食う。すんげぇヴォリューム!うんまかったです。箸を持つのは何の影響もなかったよ。久々のビールも折れた心にまぁず滲みたぃね。オレのタイムはチーム内でただ一人20分を切れず、20分19秒。一昨年のベストと比べると1分以上も遅れる体たらく。人生最速は2年前だったんかも。チームは、オレが足を引っ張ったこともあり、完走100チーム中、68位のフィニッシュ。Aクラスどころか下位1/3になっちまった。メンバー各位、本当にどうもすみません。 来年はどうすっかなぁ。引退して監督にでもさせてもらうとすっか。 ![]() コースの係員の方々、すっころんでびっくりさせてしまってごめんなさい オレの記録 20分19秒 (最終5区4km・区間順位77位/100人) チームの記録 1時間38分06秒 (完走100チーム中68位) ・・・オレ以外の4名はいずれも19分台・・・それでも最終5区でオレが順位をひとつ上げていたことが判明!少し気が晴れた(笑) 2011年 12月 04日
2011年のJ2リーグも無事終わり、「医療人のための群馬弁講座」主催のNike+チャレンジ「両毛ダービー 群馬 vs 栃木 2011」も無事終了。結果は以下の通り、23名のチーム栃木が20名のチーム群馬を約290km差で抑えて逆転で初優勝!おめでとー! ![]() 個人別は以下の通り。(Nike+のサイトの画面をキャプチャしたものを編集) ![]() 特別賞は2011 J2リーグでザスパ草津が最終節で栃木SCを下して9位、栃木SCは10位だったんで、その順位の人に・・・だけんど、今年も10位はオレじゃねーきゃ!(2年連続) 総合9位のgcc-Sこと、Osato君には、賞品として「ぐんまちゃんぬいぐるみ(ミニ)」を進呈するで。 来季も同じ条件で、また Nike+チャレンジ「両毛ダービー 群馬 vs 栃木 2012」を開催する予定なんで、Nike+をお持ちの方は、ぜひまた参加してくんなぃ!来年のJ2は22チームになる予定さね。 ・・・個人的には、今年も期間内に1000kmに届かなかったんが反省点かな。 |
無軌道庵へようこそ!
![]() ・・・ウェブサイト「医療人のための群馬弁講座」&「なっから!ザスパ!!」の管理人すずき@東毛の綴る、無軌道に迷走中のブログ!
by dr_suzuki カテゴリ
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